Home / 通信バックナンバー / No.83(2016年冬) / 「たこ焼きキャンプ」ボランティア

「たこ焼きキャンプ」ボランティア

- 洗濯機を回しながら考えたこと Part 2 -

久貝 登美子 

 今年の夏はとにかく蒸し暑く感じました。次々とやってくる台風のせいだったのかもしれません。温暖化の影響をひしひしと感じます。国内でも台風被害が相次ぎましたが、幸い、今年で6回目となる「たこ焼きキャンプ」の期間中(7月28日〜8月8日)は天候に恵まれ、福島からやって来た6歳〜12歳までの21人の子どもたちは夏を思いきり楽しんでくれたようです。
 私は例年の通り8月1日から姫路市仁豊野にある「淳心の家」でのキャンプに、洗濯ボランティアとして参加しました。毎朝洗濯機を回し、照りつける陽ざしの中、次々と洗い終わった洗濯物を干し、午後には乾いた服を子どもたちそれぞれの洗濯ネットに入れ、置き場になっている廊下に並べられたテーブルの上に置いておきます。すると子どもたちは自分のネットを取っていきます。汚れた服はそのネットに再び入れて、洗濯物入れになっている大きな段ボール箱に入れます。そして翌朝ボランティアが洗濯機を回す・・・それの繰り返しです。
 今年キャンプにやって来た”6歳”と言えば、2011年の事故時には1歳の赤ちゃんでした。当然理由も飲み込めないまま、大人たちから外遊びを制限される不自由な日常の中で幼児期を過ごし、学齢期を迎えたことになります。空気も水も土も見えない放射能という毒に汚染され、触れることもできない自然。そんな理不尽な世界に生きることを、放射線量の高い地域に住む子どもたちは押し付けられているのです。子どもたちには何の責任もありません。命よりも金儲けが大事という経済至上主義を追求してきた大人たちの責任です。私自身、原発に反対し続けてきましたが、子どもたちには「ごめんなさい」と言うしかありません。せめてこのような保養キャンプのわずかな時間の中でも、自然と触れ合い、自由に遊び、いろんな所へ”お出かけ”して、世界はもっと多様で広いことを、子どもたちには体験して欲しいと思います。その小さな体験が、子どもたちが大人になっていく過程で、生きる希望へとつながっていくような気がします。この理不尽な世界を生きていく中で・・・。
 今年のキャンプで、印象に残ったことが二点あります。
 ひとつは、福島県の教育委員会からキャンプの視察があった時のことです。「たこ焼きキャンプ」には、「自然体験」という名目で県から幾分かの補助金が出ているので、ちゃんと行われているのかチェックする必要があったのでしょうか。二日にわたって一人の男性が「淳心の家」にやってきました。
 私は単なる洗濯ボランティアなので、特に関係はなかったのですが、たまたま、視察を終えた彼と事務局のIさんに玄関近くの庭で出会いました。Iさんが私を「ボランティアの・・・」と紹介してくれた時、彼が、「子どもたちの顔がキラキラと輝いていて、本当に感激しました!」と、福島弁のイントネーションで、想いがあふれるように語ったのです。
 「教育委員会から視察にやってきた?」というとあまり良い印象はもてないものですが、本当に子どもたちの様子に感動されたのだということが、彼の言葉やその雰囲気から感じ取れました。その感動を福島に持ち帰って、保養キャンプを公的に保障して持続できるような方向にもっていってもらいたいと思いました。実は彼も、福島の子どもたちがおかれている状況に心を痛めていたのではないでしょうか。
 もうひとつは、キャンプも終盤になった時、福島から転勤で宮崎県へ引っ越された「たこ焼きキャンプ」OGの母子が一泊だけ参加されました。現在中学生になっているMちゃんがどうしてもキャンプに参加したいということで、わざわざ宮崎県から夜行バスで来られたそうです。その日は「夏祭り」ということで、子どもたちはグループ毎に出店の準備で忙しそうでした。
 午後になって、乾いた子どもたちの服を入れたネットを廊下のテーブルに並べていた時、そのお母さんが話しかけてこられました。「第一回目のキャンプに参加する時、何も分からず、説明されるままに洗濯ネットを用意したけれど、こんなふうにしてくれていたんですね。当時のことを思いだしました。」と、涙を浮かべながら何度も「ありがとうございました。」を繰り返されて、こちらも思わず胸が熱くなりました。
 2011年の夏、避難することも移住することもままならず、不安な毎日の中でせめて子どもだけでも汚染の心配のない土地で、わずかな時間でも過ごさせてやりたいという切羽詰まった想いを、どれだけの親たちが持っていたことでしょう。そのことに、改めて思い至りました。
 原発事故後5年が経ち復興の掛け声ばかりが大きくなってきています。避難区域が解除され、政府、電力会社が原発再稼働に前のめりになっていく中、”フクシマ”はもう過去のことにされようとしています。
 環境中に放出された放射能は消えることなく、山にも海にも大地にも、そして人間を含む全ての生き物たちの体内にも被曝という刻印を残しているのです。
 福島では、すでに甲状腺ガンを発症した子どもたちが130人を越え、大人たちの突然死が増えていると聞きます。放射線はガンだけでなく、様々な疾患に影響を及ぼします。
 「たこ焼きキャンプ」で出会った子どもたちには、幸いにも今のところ健康被害は出ていないことに救われます。
 1986年に起きたチェルノブイリ原発事故では、むしろ事故後5年経ってから様々な健康被害が顕在化してきました。”フクシマ”は、まだ5年しか経っていないのです。

2016年秋

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