ときは流れて

公庄 れい 

 この12月に13年強の田舎ぐらしを切り上げることになった。その間に当地は大変化している。第一は、高野山開山以来花を献上する荘園として存在してきた花園村が、今まで無縁だったかつらぎ町に吸収合併された事である。以来当地の衰退は無残である。私が花園村字久木へ来た時には久木の住人22人、そして現在6人。人が減ったのに反比例して動物が増えた。猪、鹿、猿、狸、穴熊、熊、そして狐や野犬が消えた。狐や野犬が居れば動物の仔を狩るので自然のバランスが保たれると思うのだが。
 私が久木へ来た時には白い大きな紀州犬のカップルがいた。彼等は山から鹿を追い出して来て倒し内臓だけ食べて後は放ってある。その犬の残した肉を貰ったことがある。草と泥のついた肉を結局は捨ててしまったが、彼等は、野で自らの力で生きる物の威厳に充ちていた。ご飯に汁等をかけて器に入れてやると牝の方は食べるが牡は少し離れた所で牝を見守り食べ終わると二匹で山に消えた。多分に仔犬の時から人間とは無縁で育って来たのであろう。猛烈な夕立と雷が襲来したある午後、開けっ放しの土間の戸口から牡犬がそろーと入って来た。頭を前に落としてちょっと失礼しますといった低姿勢である。私が座っている所から彼の姿は見えないが土間の奥に座り込んだのであろう。30分程で雨は上がり彼は来た時と同じようにそろっと出て行った。その間、私はどんなに彼の側へ行きたかったか。そして手を触れる事はできなくても彼を側で見たかった。がしかしそれは彼が嫌がるだろうと我慢した。そしてそれが彼の見納めになったのである。それから二匹はぱったり姿を見せなくなってしまったのである。高野町が観光客の為に毒エサを撒いて野犬退治をしたとずい分経ってから聞いた。
 私が子供の頃は高野山は犬を繋がない所だった。犬は店の前で座っていたり道をトコトコ歩いていた。お大師様が犬に導かれて高野へ来られたので犬は繋がないのだと聞いていたが時の流れは千年の風習も替えてしまうのだろう。
 とにかく動物の害がひどい。この秋久木では一本の彼岸花も目にする事はなかった。あんなにどこもかしこも赤に染まる程咲いていたのに。私が子供の頃、村中どこへ行ってもその香りにつつまれた初夏の花笹百合が一番先に消えた。外来の高砂百合も猪や鹿の行けない崖にだけ細々と咲き継いでいる。ワラビ、ゼンマイ、葛、ワサビ、ミョウガが消え、一枚の畑がまったく一種類の雑草に覆われている所がある。晩秋から春にかけて数を増やしている鹿は草の根まで食べてしまう。辛うじて根の残った草は芽を出すがその芽も生え次第食べられてしまう。そして絶滅してしまう。鹿と猪の食べない種だけが残ってワラビによく似たシダだけが繁殖している異様な光景が広がりつつある。これが何時迄続くのか、当地に人が住みついて以来初めての事であろうと思われるが、人々は余り気にしてないようである。
 7月の初めの頃だったか火星が地球に接近していると報じられた時があった。夕暮れに空を見ていると灰色の空にポツンと大きな星が一つだけ見えた。またたきもせずたった一つ、ボタンをはめたように一つ。翌日もそうだった。その翌日まだ明るい頃、あんなに大きいのだからこんなに明るくても見えるんだろうと空を見上げた。天気の変わり目なのか西から東へ雲が流れている。太陽は見えないがその光は空を染めている。中天は濃い水色、山際は薄い薄い灰色がかった水色、それをバックに雲が流れている。西から東へ。ピンク、オレンジ、紫それらの濃淡の筋状の雲が天空いっぱいに流れる。言葉も無い程美しいこんな世界に私は生きていたのか。いや生きさせて頂いていたのか。この美しい空を見ているのは多分私一人。家族の居る人は夕食の支度か食事中。なんという贅沢、お一人様ならではの一夕であった。

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