勝手にシネマ

塩見 正道 

『オマールの壁』(原題;OMAR / パレスチナ / 2013)

この映画は「壁」の圧倒的な威圧感に始まる。
聳え立つ壁を真正面から捉えたショット。ひとりの青年が歩み寄り、壁に垂らしたロープを使って攀じ登る。カメラが切り替わり、壁の反対側を捉える。上にいる青年を見つけたイスラエル兵が機関銃を乱射してくる。青年は飛び降り、転ぶが、走って逃げる。室内。友達の家でお茶を振る舞われている青年。(驚いた。反対側もパレスチナなのだ)
2002年にイスラエル政府が作り始めた分離壁は、実際にはパレスチナ人居住区の内側に建てられ、パレスチナ人居住区を分断した。高さ8メートル。総延長700キロ。国連や国際司法裁判所の勧告にもかかわらず、イスラエル政府は今も建設を続けている。その分断された土地で、パレスチナ人のあいだに仕掛けられる精神的分断を描くのがこの映画である。
青年の名はオマール。パン職人見習い。壁の反対側に住む幼友達のアムシャドの妹ナディアと密かに心を通わせている。彼の夢は一人前のパン職人として独立し、ナディアと結婚することである。この普通の青年がちょっとした出来事からイスラエル秘密警察捜査官の罠に嵌められ、内通者にさせられてしまう。抵抗するオマールだが、同胞からも疑いの目で見られるようになり、ナディアも離れていく。1年が経ち、久しぶりにナディアと再会したオマールは、すべてが捜査官の策謀であったことを知る。映画はオマールが捜査官を射殺し、イスラエル兵がオマールに向かって銃を構えるところで終わる。
監督・脚本・制作は『パラダイス・ナウ』(2005) のハニ・アブ=アサド。自爆攻撃に向かうふたりの青年を描いたこの作品でも、パレスチナの青年が置かれている現実と彼らの内面の豊かさを描いたが、この『オマールの壁』でも変わらない。なにより主人公の内面の瑞々しさが心を打つ。こうした政治的テーマを扱う映画としては異色である。
その繊細さはティーソーサーに隠して恋文を手渡す若い男女の姿やパン生地をこねる労働から醸し出されるのであろう。カメラは一貫して主人公の傍にあり、完全な一人称であるが、感情を説明する描写はない。静かに考えている主人公の意思の強そうな顔つきと、彼が遭遇する出来事だけが写し取られている。
慎ましい生活。その伝統的な生活を覆っている剥き出しの暴力。パレスティナ人のスタッフとキャストによって、パレスティナで撮影されたフィルムは、この土地の現実の重さを克明に捉えている。映画の力とはまさにそれだろう。

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