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after311のこどもたち

えりこ 

「3.11」から5年と8ヶ月が過ぎつつあります。皆さまはお変わりありませんか?私の周りでは、知人やそのまた親しい人の病気や死など、以前は考えられなかったほど、頻繁に聞こえて来ます。一昨年春、芸能界で仕事をしている私のベーシストの兄は、約一年の間に5人の友人が亡くなったと。3.11後の1年後2012年には、子ども舞台芸術の先輩同業者やお世話になっていた子ども劇場の会員さんら合わせて6人が亡くなった。福島在住で自作の詩を朗読する関 久雄さんは子どもたちから被曝で受けるダメージを少しでも軽減するために、保養キャンプを年に1ヶ月以上、佐渡島で開催。国や東電が一切責任を果たさないので、心ある方たちに頼み込んで寄付を募り、自分も三男と妻が山形の米沢に避難していて仕送りしなければならなかったり、来春には、避難者の無償住宅支援が打ち切られ、汚染した故郷に帰ってくるか、そのまま宛てもなく避難先で困窮するかという瀬戸際で本当に大変なのだが、その関さんの周りでも、本当に病気や死人が多いのだと聞く。今回北海道〜東北の帰りに公演で立ち寄った神奈川県のある保育園の園長が、今年の夏前に、知人がダダダッと亡くなったと。園児たちも同じ時期に立て続けに体調を崩したと。冬でも上半身裸で裸足で駆け回る元気な園児たちのその保育園でだ。ウチと同じ2011年に茨城県から神戸に避難してきたHさん一家。Hさんは3人の子どもを抱え、当初は母子避難をしていたが、茨城で親しくしていた家族のご主人が突然死された。2013年に聞いた話だ。昨年だったか、同業者の集まりのメーリングリストで、炬燵で亡くなった劇団員の訃報に返信した別の劇団の女性は、また他の突然死した知人の死でショックを受けたばかりであったという。2014年の春に訪ねた宮城県のある陶芸家の同居していたご両親は、夫婦共々その前の年までに続けて亡くなったと言う。線量の高い山間のお宅だった。そして今回の北海道公演の旅では、ファンになって下さった福島の避難家族のご主人が、42歳の若さで急逝した。膵臓と肝臓の癌だった。1年半前に、妻と4人の子どもが待つ新転地北海道で、独立して一から始めた矢先のことだった。原発事故が撒き散らした「放射能が、危険か否かは未だ科学的に証明されてない」。ならば、安全とわかるまでは避難が妥当なのだと、この国で判断する人が、果たしてどれほどいるのかは、計り知れません。でもこの国では、世界で考えられない桁違いの甘い基準値に法律を捻じ曲げ、多額な税金で焼却施設を作って汚染土やゴミを燃やしたり、建材に積極的に使う方針を打ち出したり、園芸用の土に混ぜて販売したり、汚染した食材を全国の流通に載せたり、食べて応援したり、挙句は原発の再稼働と輸出を推進している有様。チェルノブイリの教訓では考えられない、犯罪的な行為。放射能拡散を推進しているのだ。避難させもせずに。

私たちは皆、3.11の子どもたち。大切な人に、あなたが大切。あなたに会えて好かったと伝えて頂きたいのです。いつ誰に、何が起こるかわからないこのafter311の世界。悔いの無いように、生きて頂きたいのです。