Home / 通信バックナンバー / No.84(2017年夏) / なっちゃん その後

なっちゃん その後

ムーチョ 

なっちゃんは小学生の女の子、すっかり関西の言葉になりました。
すこし前までは、私と話をするとき あの故郷の言葉で話していました。
それが だんだん関西の言葉と あの故郷の言葉が混ざるようになりました。
なっちゃんの 可愛い声で話す あの故郷の言葉が聞けなくなって寂しいけれど、
すっかり関西になじんだ なっちゃんのことを嬉しくも思います。
つきひがたったのだなぁ〜と感じています。

つきひがたっても かわらない事があります。
なっちゃんは まだ 海がこわいと言います。
海に行こうよ、と誘っても 行かないと言います。
海を見るだけだよ、と言っても 行かないと言います。
津波、こわかったもんね。

津波だけでもこわいのに。
地震と津波と原発爆発。
いっぺんに おしつぶされるくらいの出来事、でも がんばった。
がんばった がんばった がんばった。
がんばってばっかり。

がんばっている なっちゃんは 自主避難。
自主避難ていうと、積極的に避難しているみたいに思われるのかな?
こわいから、原発が爆発してこわいから避難しただけ。
国が何も助けてくれないから こわくて避難しただけ。
国を相手に裁判しないと 自主避難者は助けてくれないの?

なんで?

ムーチョです。原発事故の影響で関西に避難してきました。
稲むらの火』100年後の未来のために堤防をのこしたという本です。原発事故は堤防で防げません。100年後の未来に残したのは放射能汚染、そして今、現在生きている子供達にも汚染といっしょに悲しみを残しました。なっちゃんは母子避難です。お父さんは地元で働いています。避難している子供達は みんな がんばっています。100年後の未来に私は堤防をのこせないけれど、原発事故後の子供達の生き方なら、100年後に伝える事が出来ると思ったのです。無力を思い知らされる日々ですが、今できることは、目の前の人に伝える事だと気づいたのです。私は なっちゃんが大好きです。
ムーチョさんの甥っ子さんの虫の絵をアップリケした作品

”以前に甥っ子の虫の絵をアップリケしたものです。
まだ原発が爆発する前の、穏やかな日々のころの作品です。”

ムーチョさんより

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