Home / 通信バックナンバー / No.84(2017年夏) / 変容する「国のカタチ」

変容する「国のカタチ」

森池 豊武 

「瑞穂の國記念小學院」という古風な名前の小学校が、大阪に設立されようとした。いわゆる国有地の不明朗な払下げによって浮上した「森友問題」が安倍政権を揺るがせている。問題の本質は、教育の右傾化が、教育勅語や五箇条のご誓文をすでに経営している「塚本幼稚園」で園児に朗読させ、伊勢神宮参拝も行う教育方針として実践されており、小学校教育 にも発展させようとする勢力が、この国において蠢いているという現実にある。
 教育勅語は、人が人として望ましく生きること全般が、天皇を中心とした国体が生み出したものであり、それを離れては存在しえないと、国家が臣民を命令する論理で構成されている。
 1890年(明治23年)に明治天皇の勅語として発布された「教育ニ関スル勅語」(教育勅語)は戦前日本の教学の最高規範として存在しただけでなく、大日本帝国が打ち出した「国体」という概念を体現した文書である。1937年に出された「国体の本義」では、「われらは、その生命と流動の源を常に天皇を仰ぎ奉るのである。それ故に天皇に奉仕し、天皇の大御心を奉体することは、われらの歴史的生命を今に生かす所以であり、ここに国民の全ての道徳の根源がある。絶対従順は、われを捨て私を去り、ひたすら天皇に奉仕することである。この忠の道を行ずることがわれら国民の唯一の生きる道であり、あらゆる力の源泉である。されば、天皇の御為に身命を捧げることは、所謂自己 犠牲ではなくして、小我を捨てて大いなる御稜威(天皇の威光)に生き、国民としての真生命を発揮する所以である。」と説かれている。敗戦直前まで、特攻という集団自殺を敢行し、一億玉砕という すさまじい散華を全国民に自発的に強制した全体主義が、抗しがたい空気として日本全体を覆っていた事実を忘却することはできない。
 すべての自由主義、個人主義、平等主義、合理主義、ヒューマニズム、平和主義、民主主義、立憲主義や三権分立も否定する「国体の本義」や教育勅語は、1943年(昭和23)6月19日に廃止された。しかし、(戦前の美しい)「日本を取りもどそう!」というキャッチフレーズで誕生した安倍内閣は、ウルトラナショナリストの政権を樹立し、ことあるごとに、教育の現場に教育勅語を復権させようとしている。
 極右勢力である「日本会議」の幹部であった籠池氏は、幼稚園児に教育勅語を唱和させ、運動会では「中国、韓国が心改め、歴史でうそを教えないようお願いいたします。安倍首相、ガンバレ!安倍首相、ガンバレ!安保法制国会通過よかったです!」と連呼させていた。安倍首相も昭恵夫人もこの教育方針に感激し、夫人が「瑞穂の國記念小學院」の名誉校長となり、忖度した役人がただ同然で国有地を売却し、規制緩和の名目のもとに、ハイスピードで「瑞穂の國記念小學院」は建設されてきたのである。
 北朝鮮とトランプ大統領の緊迫した軍事情勢下で、森友問題は沈静化していこうとしている。閣議で教育勅語を教材として使用することには問題がない、文部科学省副大臣は、道徳の教材としての教育勅語の復権を目指している。1強安倍内閣とそれを支える国民の支持を背景にこの国のカタチは変容させられようとしている。日本社会は、戦前の日本に回帰することを狂信している勢力によって、その意向通りに造り変えられてしまうか否かの瀬戸際にある。

スポンサーリンク