Home / 通信バックナンバー / No.84(2017年夏) / 暗い井戸の底を覗き込む

暗い井戸の底を覗き込む

小学生の頃の新聞配達をしていた頃の恐怖への処し方

田中 英雄 

 新聞の朝刊を朝早く配達するためには、まだ暗い時間帯に行動しなければならない。ほとんど真っ暗で、配り終えたころに東の空が明るくなってくる頃に帰宅する。深夜3時に起床して新聞舗に行って待っていると、トラックが来て新聞を降ろし、その中から自分の分を数えて走り出す。私の配達区域に明石の人丸山の神社があって、たった1部を配る為に暗い参道を登らねばならず、気味の悪い話である。参道を歩くと枯葉の上を歩くとどうしても、後ろから誰かがついてくるような感じがして、そのたびに後ろを振りかえざるを得ない。それでその参道を通るのを止めて、近道を通ることを考えて墓地を抜けていくことにした。墓石の間を抜けていくのは気味が悪いように思っていたが、案外怖くはなかった。ただ途中空井戸があって、どうしてもその横を通らねばならない。その井戸から幽霊が出てくるのではないかと、何もない空井戸だと分かりながら覗かないで通過してしまうと、返って気味が悪いので癖のように覗いて通ることにしていた。
 共謀罪が衆議院を通過した。不十分な説明に国民の77%が反対しているのにこの強硬な通過は何故なんだろう?この四度目審議を通じて我々が感ずることは権力による監視社会の到来であり、闊達な議論と行動の萎縮だと新聞は報道し続けている。
 執拗に国会に提出されてくるが一体権力の側に一般市民を監視しなければならないような不安が逆に存在するのではないかと逆に思う。欧州のようにテロが起こってもいないのに何を恐れているのだろうか?戦時中の治安維持法で弾圧された創価教育学会の牧口氏に反権力的姿勢は感じられない。きっかけは神社神道への恭順をあらわさなかったというだけである。法華経を信奉する立場から言えば当然であろう。自由闊達な教師があらぬ嫌疑をかけられて投獄され獄死している。戦時体制を維持するために少しの自由も許さない姿勢が、逆に日本国民だけでも300万以上の戦死者を出し、広島・長崎への原爆投下によって暫く「敗戦」となった歴史を考えなければならない。
 松田道雄氏が「自由を子どもに」(岩波書店)のなかで江戸時代の子どもは4〜5歳になると厳しいしつけ教育を受けていたというが、そのような「しつけ」が成立したのは一方に親たちの手の届かない世界で子ども集団でのびのびと遊べる空間が存在していたからであると述べている。野原・田んぼ・林・神社の境内。しかし、今は自動車が道路を占拠して子どもの自由を奪っていることの問題性を詳しく述べている。
 国際的テロはテロで取り締まればよいのであって、それを口実に国民全体を監視することは必ず自由を窒息させる愚かさを招くことを、歴史的に我々は考えるべきである。

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