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勝手にシネマ『タレンタイム』

塩見 正道 

『タレンタイム』(2009年 マレーシア)

 監督・脚本 ヤスミン・アフマド
監督のヤスミン・アフマドはこの映画を発表した年の夏に51歳の若さで亡くなっている。監督デビューは45歳と遅く、映画製作にあたったのはわずか6年。本作を含め劇場用映画は5本しかない。にもかかわらず、ヤスミンの名は映画を愛する全世界の人々に知れ渡っている。それは彼女の作品が、分断と対立のマレーシア社会で生きる庶民に寄り添いながら、希望の在り処をさり気ないタッチで示すからである。
この映画も、マレー系、インド系、中国系の高校生4人を主人公に、宗教も言葉もまったく異なる家庭環境で生きている彼らの初々しい感情を描いている。
タレンタイムとは日本でいう文化祭のようなものだが、映画前半は、それを仕切っている女先生の半端じゃない熱の入れようが、コミカルなタッチで描かれている。彼女の選考は厳しい。次々と落としていくオーディションの模様が笑いを誘う。選考の結果、ピアノのムルー、ギターのハフィズ、二胡のカーホウの3人がファイナリストに選ばれるが、それで終らない。彼らには発表会までものすごい練習が待っている。女子生徒のムルーには送迎役としてマヘシュが選ばれる。ムルーは一目で彼に恋してしまう。
練習の日々のなかで、彼らの家庭環境が次第に明らかにされていく中盤。マレーシア社会の貧困や宗教などが4人の若者の現在と未来を縛り付けている様子が、静かに、強い意志をもって、私たちに示される。
イギリス人の祖母をもつマレー系ムスリムの裕福な家庭で伸び伸びと育ったムルー。マヘシュは耳が聴こえない。インド系ヒンドゥで母と姉の3人で暮らしている。父は幼いころに亡くなり、叔父を慕っている。転校生ハフィズはマレー系。女手一つで彼を育てた母は末期ガンで入院している。カーホウは中国系。厳格な父を恐れている。自分の現実と学友の現実が交わり、それに4人の若い精神はナイーヴに反応する。
そしてタレンタイム本番の日を迎える。
そこで私たちが目にする4人の若者のはっきりとした意思表示はぜひご覧になって確かめてほしい。なんと清々しい若者たちだろう。人間っていいな、と胸が熱くなった。
それにしても、ヤスミンが描く人物のふるまいは人間として自然であり、その決断も信じられないくらい自然に、内から湧き出るようになされる。善意を描いて、そこにまったく嘘を感じさせないということは、ヤスミンの人間としての大きさであろう。
民族対立から抜け出せずますます混迷を深める世界にあって、ヤスミン・アフマドのような人がいたことを嬉しく思う。そして彼女の遺した映画によって、その豊かな心に今も触れることができる。

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