Home / 通信バックナンバー / No.86(2018年夏) / 正教員と臨時講師の違い

正教員と臨時講師の違い

高橋 智子 

 35歳から高校の臨時講師(国語と社会の免許あり)を20年以上続けて60歳近くになった女性の教え子がいる。彼女から聞いたことで記憶に残っていることを書いて彼女に見てもらったら「私が書く」と言ってFAXで送ってくれたので、ここに、彼女が送ってくれた文を中心に、私の所感も交えながら主題の文を記す。

正教員と臨時講師の違い
給料面
・臨時講師はある程度の年月がくれば昇給は頭打ちに。
  1級82号給で何年間か頭打ちになる。
  2級になると臨時講師から臨時教諭となるが待遇は講師と教諭の差は感じなかった。
・雇用保険がないので毎年、17万円程度の退職金と3月31日か、4月1日に空白の1日が生まれる。

雇用面
・1年ごとの契約社員と同じ。しかも半年毎に辞令交付を受ける。
・管理職によっては次の雇用場所を確保してくれない場合も当然ある。
 彼女の場合、視覚特別支援29年3月で退職し5ヶ月間失職。
 雇用保険がないため失業保険なしで無収入になる。
 失職した場合、国保、国民年金になるため、国保は前年度の収入なので失業しているにも関わらず、非常に高い。月額4〜5万かかったので驚いたとのこと。
・年休は半年で10日(取らなかった分は繰り越すことができなかった)

・学校厚生会には当然入れないので特典は受けられない。

仕事面
・若い臨時講師は年次付き(副担任)などが多いが、彼女の場合、Y高校で1年間しか副担任になったことがない。教務・総務などほとんど正教員と大差はなかった。
 教務は春休み出勤し、時間割を作成する。
・K高校では2年間、総合学科推進部で学年1週間に2時間240名の教案を立てていた。
・Y高校(1年)、H高校(3年)、A高校(1年)、視覚特別支援(3年)は担任。
・非常勤講師は定期考査の問題作成をすることは基本ないが、学校によっては作成する。
(その時は、作問に1時間、クラスの採点に1時間程度の加算で時間給を計算する。40人分の採点は1時間では不可能)
・臨時講師は当然、定期考査の問題作成をする。
・彼女の場合、3年間入試問題作成を3年間行った。(視覚特別支援学校)
 夏休みに問題を作成するので長期間夏休みは拘束される。
・特別支援では特支の免許がなくても働かされる。
・彼女の場合、視覚特別支援学校では、3年間は高等部で、全盲、弱視、知的の生徒の担任。
 最後の1年は、免許のない幼小学部で3歳児の担任を1年間させられた。3歳で歩けない。しゃべれない。知的、弱視で自閉症気味。
・視覚特別支援学校では、3歳から途中失明で国家資格(按摩・鍼・灸)をとる成人までいるため、1年間は、知的、肢体の免許と幼稚園免許、小学校免許なしで働いた。
・特に、専門知識もないまま1年間は国語、社会の免許とはかけ離れた1年だった。

・部活動に関しては彼女自身が主顧問になることは少なかったが(指導できないため)、当然指導ができるとなると主顧問になるのは当然で、土日の出勤も当たり前。

・住居手当に関しては申し出ない限り、出してもらえない。(Y高校の時は知らなかった)

・研修に関してはなかなか参加させてもらえない。(出張旅費の関係で嫌がられる。自費で)
・同僚が足をひっぱって行かせないこともある。(たとえば、回覧を回さなかったという嫌がらせも視覚特別ではあった)
 以上が、彼女が送ってくれたFAXの内容である。

 給料面のところで「毎年3月31日か、4月1日に空白の1日が生まれる」とあるが、これは県条例に因っている。この条例は兵庫県教組の女性部で、3年も臨時講師を続けている教員は正規雇用すべきと県と交渉したすぐ後につくられた。なぜ女性部でしたかというと、何年も非正規で仕事をしているのは女性が殆どだったからだ。高塚高校でも体育・家庭・国語の教師にいた。男性の臨時講師は社会科で2人いたが、2人とも何年か後には正規雇用になった。組合(分会)でしつこく交渉した成果でもあったが。

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 体育の臨時講師は8月に1ヶ月職を解かれ、体育系の部活顧問をしていたので一番大事な時に指導できないと残念がっていた。彼女はまた、「1ヶ月どうやってごはん食べたらいいのか。アルバイトしろということなのか。」と腹を立てていた。
 雇用面に関してはもっと生徒のことや、教育的な面からも考慮すべきである。そのためには採用するとき年齢制限をせず、試験に合格すれば正教員として雇用すればよい。同一労働同一賃金とか、非正規で5年経てば正規雇用にするとかいう現時点の変化を学校の中で実行するためには臨時講師という雇用の仕方を止めなければいけない。産休の裏付けとか病休の裏付けとかの為に一定の正教員を雇用しておけばよいのだ。定員枠内での臨時講師については論外である。仕事面に関しては臨時講師に仕事の内容をきちんと説明すべきだし、教材や教える生徒の情報も仕事に必要な最低限度のことは伝えるべきである。教師の仕事はいろいろあって臨時といっても同じように仕事は割り振られる。授業の他に公務分掌(総務とか教務とか生活指導とか)、部活動、担任までも。職員会議にも参加している。いきなり仕事を与えられ、何の説明も情報も与えられなければどうなるか。元教え子は最後の学校に就任してすぐ体育祭があったそうだ。放送部の顧問になっていたが誰も何も教えてくれず予行のとき放送原稿ももらってなかった。それに気がついた教師から体育祭の2日前に原稿をもらったが、当日、学年からはクラスを見なさいと言われ、管理職からは放送部の顧問だから放送席にいるように言われたそうだ。最悪な体育祭だったと言っていた。
 国語科の方は国語教員の紹介もなく、教科主任からの説明も全くなかった。指導書もなく、生徒の座席表も1ヶ月ないままだった。授業に必要な部分は指導書のコピーをしてもらい、教室へ行って授業を始めると生徒たちはもうむちゃくちゃな状態で、とても国語の授業にならなかったそうだ。(病休で休職中の教員の代わりに入ったからか。)基礎的なことも教えてもらってなく、そこから1つずつ学習を積み上げてやっと普通に授業ができるようになったら仕事を取り上げられてしまった。生徒はどこの学校でも慕ってくれたそうで、だから仕事が細切れでも続けられたと言っていた。
 最後の学校は最初1ヶ月という話だったが再雇用になった。いつまでか聞いても言わず1月12日(金)に突然年休をとらされ(授業は自習になった)、1月15日にまた再雇用。この時もいつまでか聞いても言わず、3月30日で切られた。この時点では次の仕事は探せず現在失業中(2018年4月)
 長々と教え子のことを書いてきたのは、校門事件のあった日、実は3人の校門当番の教員の中に臨時講師の女性が1人いたからである。彼女は当番表には入ってなかったのだが、自ら指導部長に申し出てこの日が初めての仕事だった。自分の役割について何も聞いてなかった彼女は余りにも多い生徒が遅刻しそうなので「速く歩きなさい。」と声をかけているうちに門から離れてしまっていた。門を閉める役の人はいつも校門の外にいて生徒を見ながら重い鉄の戸をひっぱるようにして閉めていたが、この日の当番は門の中に入って門の端を押していたとのこと。門の際にはストッパー役の当番がいると思っていたのだろう。門の閉め方が安全を無視していたことは誰もが非難したし、本人は罰を受けた。
臨時講師の当番については誰も何も言わなかった。私もこれを書くのに30年近い時間を要した。正規・非正規の働き方が問題になっている今、教員の仕事は分けるのに無理があると思う。なぜなら生徒から見ればみな同じ先生なのだから。同一労働同一賃金とすべきである。

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