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地球高温化は今後さらに激しく

田中 英雄 

 今年の夏、私たちを襲った洪水や台風や地震は来年の夏さらに激しく襲ってくるだろうと思われる。7月5日岡山に襲来した豪雨・洪水による甚大な被害は、その後は中国・四国に及び、さらに大阪北部地震と続き、その後は巨大な8月23日の20号台風、9月4日の21号台風に襲われ、ちびくろ保育園は初めて休園に追い込まれた。そして6日北海道では震度7の強烈な地震に襲われ全道の電気が消える事態に追い込まれる。その後も発生する台風に一体いつまでこの様な事態が続くのかと暗澹たる気分になり、暫く7月以来のことを振り返っている。
 西日本を襲う台風が来るたびに暗澹たる気分になるのは、8月5日たった一日であるが岡山の真備町のボランティアに参加でき、被災者の現実を目にして来たからだろう。決壊した堤防近くの被災者の家には足を骨折した女性と、その夫君で最近脳梗塞でたおれた中高年の男声がボランティアに混じって働いておられた。話によると水が少し引いたので避難先から来て見ると、家の中では家具がぷかぷかと浮いていて、その時床下にある物置の蓋が開いていて、そこに足をとられ転倒して骨折したとのこと。木の柱は何度拭いても直ぐに下から泥が浮かび上がってくるのには驚いた。台風が来るたびにあの夫婦はどうしているだろうかと気になって仕方がない。台風20号21号の時は保育園に泊まったが、吹く風の強烈さを目の当たりにした。
 9月6日の北海道地震による大規模な停電により発電所が火力発電であることを初めて知った。未来バンクの田中優さんの「地球温暖化・人類滅亡のシナリオを回避できるか」によれば古い火力発電所のエネルギー効率はなんと30%しかないとの事である。残り70%は二酸化炭素として空気中に放出されている。その本によれば二酸化炭素を直接排出しているのは【発電が3割、産業が3割、運輸が2割】とのこと「家庭は13%」とのこと。原発は放射性物質を撒き散らす危険性に加えて発電効率は3割ほどで残り7割で海を暖めている。いずれにしても自然エネルギーを早急にヨーロッパを見習って増やすことに力を注ぐことが急務と思われる。2003年当時でオーストリアは70%、EU全体で15%。日本は0.2%というお寒い程度だった。私たちが来年のことを今考えなければ、またあの猛暑と何度でも襲来する台風と洪水におびえなければならないだろうと思う。
 そこで、私たちが出来ること、しなければならない事を列挙すると凡そ次のような事であろうと思われる。
①大電力に安易に依頼しすぎていることが、関電等が「いのちが大事」との我々の叫びを無視し原発再稼働を強行し、結局は私たちとりわけ子どもや高齢者に被害が及ぶことを許してしまっている。そのことを反省し自然エネルギーへの転換を早急に進めねばならない。と同時に夏場に向けてエアコンに頼らず「緑のカーテン」を設ける発想が必要である。
②とりわけ、県庁や市役所、幼小中高校及び住民の社会福祉施設の屋根にソーラーを早急に設け、蓄電機能を併せ持つよう働きかける。セキスイハイム等住宅産業はすでに「エネルギー自給自足」を掲げた個人住宅をすでに売り出している。
③それと共に電力消費の3割を占める産業界や2酸化炭素排出の2割を占める運輸業界に排出量の改善を求める。しかし、この事は容易ではない。ネットや通販により遠隔地からでも望むものを購入する方法を改め文字通り「地産地消」をいかに実現出来るかを考えなければならないからである。「快適な近代的生活」の達成が産み出したことによる自然界の反応はそのような生活様式への自然の警告と考えられるからである。
④そして、最後には自動車社会をいかに考えるかである。私は自動車社会の到来が子どもたちの自由空間であった生活道路さえ奪い、家の中に追い込んだ。この巨大なマイナスを反省する必要があると思う。今、子どもたちが群れで遊ぶ姿を見ることは難しくなった。その事が短絡的に言えば、人口減少社会を産み出してしまったのである。松田道雄さんは「自由を子どもに」の中で自由空間の中で友だちと群れ遊ぶことが、子どもの自主性、創造性を育てる土台であると指摘してやまない。
政府は保育所・幼稚園の保育料の無償化を掲げているが、そんなことで人口減少がくい止められるなんて思わない。
スイスのジュネーブでは、都心にガソリン車の進入を禁止しているらしいが、私は消防・救急 車輌等子ども・高齢者・障がい者などや人の生命を守る為の搬送車輌以外は一般車両の進入を、住宅地から閉め出してはどうかと考えている。
私が上に掲げていることはひどく難しいように思えるかも知れない。しかし、もし、地球高温化が進み、地球の温度が1.5°C以上に上昇し、5.4°Cにもなれば人類そのものが破滅して行くことを考えれば他人まかせにしておくような情況ではないと思う。