28回目の朝

2019年8月25日

所 薫子 

 28年門前追悼を続けてくる間に、大雨の日も二回ほどあったが、警報が出たことは初めてだった。かろうじて市営地下鉄は動いていて、西神中央駅までたどり着いた。会計の藤田さんは、明石海峡を渡るべく橋に向かっているとのことだった。中村羅針さんは、今回初めて参加できないと連絡が入っていた。新聞社からは、昨夜何度も「警報が出ているが、門前追悼は行うのか」と問い合わせが入っていた。「公共交通手段があ り、危険が伴わない限り行います。」と応えていた。校門近くに立っていると女子学生が一人、校門に向かっていた。「今日は警報が出て、学校はお休みよ」と声をかけると会釈をして慌ててスマホを開きながら戻って行った。石田僚子さんと姿が重なった。門は、開けられていて内側に教師たちが数名立っていた。挨拶をして、本日も追悼行事を行う旨を伝えた。花屋から届けられたカーネーションや花束を参加の方々と並べた。藤田さんからは、橋が通行止めで、これ以上進むことができないとの連絡が入った。今年初めて当時の用務員さんで、いつも色々協力くださった方が退職されて参列くださった。門前追悼後、花束の一つを校長室へ、カーネーションは、バケツに入れて、学生さんたちに持って帰ってもらうように靴箱のある入り口に置いた。「レンガの家」での集いを終え帰宅する道は、どこも車が溢れ動かない状態だった。

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