骨密度

2019年8月15日

公庄 れい 

 改元、改元とマスコミが大騒ぎしていた頃、あるスポーツ番組で評論家のような人が言っていた。若い野球選手について、まだ成人に達していないから骨密度が十分ではない、だから骨にあまり荷重のかかるような技はさせない方が良い。それを聞いて私は二十数年前のことを思い出した。
 殊更暑い夏だった。各地で水不足が話題になり阪神間に住む友人が気になり電話した。「韓国の原爆被害者を救済する市民の会」の松井義子さんである。松井さんは開口一番「ブンスンとイルスさんにおいで頂いているんだけど、あんまり暑いので彼女 達弱ってしまってね、何処か涼しい所に連れて行ってあげたいんだけど会にお金はないしねー」と彼女は泣きそうである。
 当時、高野山奥の花園村にいた私は即座に言った。此処へ連れて来たげてよ、毎日夕立があってすずしいのよ。で、テグのブンスンさんとプサンのイルスさんが数日わが家に滞在することになった。彼女達はヒロシマで被曝し、ブンスンさんは背中に負ぶった赤ちゃんが被曝して即死、彼女は大火傷で両腕先が肩にくっついたような状態で韓国へ帰っている。
 田舎の夏は虻が多い。私は腕にとまった虻を捕まえて片羽をちぎって地面に捨てた。片羽の虻は駒のようにくるくる回っている。当地ではそうするのが慣わしで、私は何気なしにそうしたのであった。と、彼女達は同時に叫んだ。”殺してやって”
 死ぬよりも苦しい思いを抱えて生きてきた人達である。そして二人は話していた。
 こんな暑い日でもあの子たちは寒い寒いって青い顔して震えていたよねー。両足広げてヨチヨチ歩いてねー、オモニはただ泣いて居たよねー、この子は、この子はってねー。あの頃どこの村にもあんな娘が一人か二人は居たよねー、でもみんな死んでしまったよねー。
 骨密度の整わない娘たちに両足を広げて横たわり続ける事を強制したこの国の昭和。令和があらゆる生命に等しく優しくあれかしと祈るのみ。

2019年5月記

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