こどもの自由を奪っておいて何が少子化対策か?

2019年8月15日

田中 英雄 

 今日は子どもの日。神戸新聞は平成30年間の間に子供の人数が3分の2に激減したと報じているが、1950年の約3000万人に比べるとなんと丁度半分の約1500万人になる。如何に子どもにとって、この世界が生きがたい環境であるかを感じ、大人の責任を感じざるを得ない。車の事を調べると1950年代は車の保有台数は約38万台で、平成30年ではなんと160倍の6158万台!これでは戦後すぐの時代、家の前の道端で自由に遊べて、時たま通る馬力に轢かれぬように注意するぐらいだったことが夢物語になってしまった。自動車社会は子どもを道路から何処も同じ代わり映えのしない鉄の遊具が並んでいる児童公園に追い立てるか、家の中で電子ゲームに夢中になるしかない時代を生んでしまったと言える。
 動物的感性と運動能力と不思議で躍動的なものに興味関心に包まれた子どもが人工的公園に芯から惹かれはしない。私の子ども時代家の前には田んぼと小さな小川が流れていてひねもすカエルやドジョウを追いかけヤンマや塩辛トンボ採りに明け暮れていた。明石海岸では夏の海が待ちきれず3月から震えつつ海に潜りおやつは海岸でカキを火を起こして食べていた。小学生5、6年になると夏は2丁艪のボートを借りて明石海峡の沖にまで漕ぎ出しベラをバケツ一杯釣り上げていたものだった。だから父は心配だったのだろう「死ぬなよ」と言ってくれていた。子ども集団は異年齢の縦割りで群れをなして遊んでいた。今から思えば危険だらけの遊びと思うが結構年長者がいて注意をしてくれていたように思う。やがてそのような遊びから私は兄弟の影響や工作好きの学校友だちがいたおかげでなんでも作ってしまう模型少年になり、模型飛行機やロケットや本当に亜鉛鉄板をぶち抜く鉄砲や小型無反動までも制作していた。そのような工作を続ける中で思うようにならなければ、その原因を自然と考えるようになる。3段ロケットが垂直に上昇せず必ず地面に叩きつけられるとそれは地球の重力のせいだということがわかるが、それを解決するためには姿勢制御装置が必要であるぐらいは子どもでも理解する。要は遊びの中で観察し思考力は生まれてくる。
 日本の高度経済成長政策の中の基幹産業としての自動車生産は平成元年年間800万台で最高水準に達していたが一方子どもの人口は急激に減少始めていたのである。何かがおかしい。何故大人はそれを感じず経済発展にうつつを抜かしていたのか?自動車だけではない原発もしかり。東京福島原発の大爆発事故による放射能による汚染のゆえに故郷に帰られない人数は子どもだけでも平成24年で30,968人にものぼる。
 これからの日本をどうするのかを政治家や経済界の人間の選択に任せておればとんでもない時代になっていくことはだれが見てもわかることである。

2019年5月5日

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