勝手にシネマ

勝手にシネマ『ぼくらの家路』

塩見 正道

『ぼくらの家路』(原題:JACK / 2013年 / ドイツ)

 監督・脚本:エドワード・ベルガー
 出演:イヴォ・ピッツカー、ゲオルク・アルムス

「子供が大人になる切なくも希望に満ちた瞬間を切り取った感動の物語」
日本の配給会社がこの映画につけたコピーである。この無内容さ、軽さ。こんなところにも今の日本の文化的貧困を感じ情けなくなりませんか。
発達論の立場から言って、わずか10歳で大人として生きていくことのその後の人生へのマイナスの影響は否定できないだろう。幼い子供の「選択」に大人が感動してどうするのだ。もちろん、セックス依存の、親としての自覚がまったくない女性の「無責任」に怒りをむけてすませる問題でもない。
全編が少年ジャック(イヴォ・ピッツカー)の一人称視点で描かれる。この極私的なカメラワークは最近では珍しくない。秀逸な撮影と子役の演技。映画の良さはこれに尽きるが、問題は内容である。
朝、弟を起し食事をさせ保育所へ送り、自分もパンを齧りながら学校へ向かう。息つく暇もないジャックの日常を追う手持ちカメラの映像が冒頭から続く。親の姿は見えない。どうなっているんだろう、という疑問がまず浮かぶ。午後、弟を迎えに行き、母を探す。母は友達と遊んでいて、ふたりに早く帰るように言い、自分はまたどこかへ行く。ジャックは弟を風呂に入れようとしてやけどを負わせてしまう。行政が介入し、ジャックは児童施設へ収容される。母親と引き離されたジャックは激しく反抗するが、職員に夏休みには会えると諭され我慢する。しかし夏休みに入っても母は迎えに来ない。ジャックは施設を脱走し、弟を迎えに行き、母のアパートや男友達の職場を訪ね歩くが、どこにもいない。泊まる処もなく、駐車場に放置された車で寝ながら、母を求め、ベルリンを彷徨う。そしてある晩、母のアパートに灯りがついているのを見つけ、喜び勇んで部屋に飛び込むが、母はジャックを気遣うことはない。
翌日の朝早く、ジャックは弟を連れ、脱走した施設の門を叩くシーンでこの映画は終わる。
おそらくこの内容は現代社会の実相を捉えているのだろう。誰にも悪意はない。施設の職員も、男友達も、母でさえ。みんな自分のことで精いっぱいである。しかし、大人というものへの無条件の信頼(愛)を知るという子供時代に不可欠の体験はどこにもない。
それが現実だ、とひとは言うかもしれない。しかし、と私はその言葉を拒む。
ダルデンヌ兄弟の『少年と自転車』(2011)、あるいはディスティン・クレットン監督の『ショート・ターム』(2013)という作品がある。両者には少年に無条件の愛を注ぐ大人が描かれている。私は共感し、自分もそうありたいと思う。

Last Updated on 2020年9月25日 by manager

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