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勝手にシネマ『12モンキーズ』

塩見 正道

『12モンキーズ』(原題:12 MONKEYS / 1995年 / アメリカ)

 監督:テリー・ギリアム
 主演:ブルース・ウィリス、マデリーン・ストウ、ブラッド・ピット

鬼才テリー・ギリアムが1995年に発表したSFスリラー。日本公開は翌年(96年)の夏だったようで、僕は7月18日に当時ハーバーランドにあったabシネマ(現:万葉の湯)で見ています。 テリー・ギリアムは、27才のときにイギリスへ渡りコメディ軍団モンティ・パイソンに参加。その後ハリウッドへ戻って、『バンデットQ』(81)『未来世紀ブラジル』(85)など次々と注目作を発表していました。『12モンキーズ』は、ブラッド・ピットが初めて精神病者の役に挑み話題になりました。
この映画は1996年12月に死のウイルスのために人類の99%が死に絶えるという設定のSFです。新型コロナウイルスの蔓延を食い止められない現在、その予言性にまず目がいきますが、当時の僕は、まさに数か月後に起きる危機を描いているにもかかわらず、まるで恐怖を感じていません。フィクションだと頭から決めてかかっていたのでしょう。今、そのことに愕然とします。一般化せず、自分のこととして記しますが、「思い込み」というものは意識化されて初めて自分が意識してなかったということが分かり、その呪縛から自由になることができるわけで、意識化されないかぎり、自分がどんな「思い込み」に呪縛されているか分かりません。手だては自分の意識の内部にはありません。意識化のチャンスは外から来るしかない。にもかかわらず、自分はその気づきのチャンスを捉えることができなかったのです。
2035年、地下都市に生き延びている人類は死のウイルスの感染源を突き止め、それを事前に阻止するために、囚人のジェームズ・コール(ブルース・ウィリス)を1996年11月のフィラデルフィアに送ります。ジェームズはタイムトラベラーなのです。
あらためてこの映画を考えてみて注目したのは、ウイルスの危険もさることながら、ジェームズの警告を誰も信じず、気違いと決めつけ、最後は射殺するというストーリに不自然さを感じないという事実です。映画というものは観客の「常識」を前提にドラマが組み立てられています。だからこの映画も「誰も信じない」という「常識」が前提とされ、唯一人、精神科医のキャサリン・ライリー(マデリーン・ストウ)だけが彼の言葉に耳を傾ける、というラブストーリー 仕立ての構造になっています。
もし私たちの常識が「予言者の言葉を信じる」(中世のように)というものであったら、この映画はリアリティがないと感じるはずです。あるいは「あらゆる可能性を排除せず対策を講じる」(未来の希望として)というものであったら、気違いと決めつける人間を思慮に欠けるバカと思うでしょう。
「思い込み」はないか。点検を怠ってはならない。

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