文化

イギリス報告(その2)イギリスのスポーツ文化を支える地域クラブ

弁護士 峯本 耕治

 またもや、原稿が遅くなってしまって申し訳ありません。
 さて、今回はイギリスのスポーツ事情について、御紹介したいと思います。
 弁護士仲間では、私は「イギリスにラグビーをしに行った」というのが定説になっています。一応、きちんと勉強もしてきたつもりなので、必死になって反論するのですが、誰も聞いてくれません。
 確かに、イギリスに到着して住居が決まってから、最初にしたことは、地元のラグビーのクラブチーム探しでした。私が所属したラグビークラブはフィンチレー・ラグビー・クラブといって、住居から、徒歩約10分のところにありました。住居は、ロンドンの中心から、北に地下鉄で約30分
程度でしたので、大阪で言えば、さしずめ千里中央あたりという感じです。ロンドンに来て数日後に、近所を散歩していたときに、このクラブチームを見つけ、早速、その夜から、練習に参加させてもらうことになりました。

 このクラブチームというシステムは、日本には馴染みが薄いものです。日本のスポーツは、ラグビーに限らず、高校・大学等の学校スポーツが中心で、卒業後にスポーツを真剣に続ける場合には、一般的には企業のチームに入るしかありません。
 しかし、イギリスでは、基本的に、すべてのスポーツが、クラブを中心に運営されています。このクラブは、各地域ごとに存在していて、ラグビーに関して言えば、現在イギリス全体で2000以上のクラブがあります。
 最も人気のあるサッカー(イギリスでは、フットボールと言います)については、それよりかなり多数のクラブチームがあると思われます。
 選手とプロ契約をするようなトップチームも、大企業のスポンサーがついているというだけで、すべて、このクラブチームの一つにすぎません。

 クラブのスポーツ環境は、日本人からすると、信じられないほど恵まれています。フィンチリー・ラグビークラブには、古いながらも観客スタンドのついたメイングランドと、それ以外に、3面の補助グランドがありました。
 もちろん、すべてが芝生のグランドで、ナイター設備もあります。補助グランドは、ラグビー場というより、だだっ広い芝生の原っぱに、白線を引いて、ゴールポストを立てただけという感じのものです。
 そして、ラグビークラブの横には、トップチームの試合にも使えそうな、きれいなスタジアムを持つフィンチリー・フットボールクラブがありました。
 この環境は、フィンチリーだけのものではなく、すべてのクラブチームが、数面の芝生のグランドを持っています。というより、そもそも、イギリスには、日本のような、土のラグビー場やサッカー場は存在しないのです。ロンドンの中心を少し離れれば、森に囲まれたような芝生のグランドがいたるところにあります。
 クラブのメンバーに、「日本には、大きな競技場や大きな企業のグランド以外には、芝生のグランドがなく、みんな土のグランドでラグビーをしている」と説明しますと、「ラグビーは、芝生でやるものだ」と、とても信じられない、というような顔をされました。

 クラブの練習は、毎週、火曜と木曜の週2回、夜の7時30分から約2時間。ほとんど全員が社会人なので、仕事が終わった後に練習に参加するわけですが、参加人数は、少ない時でも30名程度、多い時には50名以上にもなります。時期にもよりますが、練習内容は、決して楽ではなく、日本の体育会のラグビー部とそれほど変わりません。
 1日の仕事の後に、これだけの人数が集まり、しかも、しんどい練習をするということを最初の頃は不思議に感じていたのですが、だんだんと、彼らの感覚が分かってきました。
 彼らにとって、当然のことながらラグビーは趣味にすぎないのですが、その趣味が、彼らの生活(おそらく、人生にとっても)の中で、非常に大きな比重を占めているようです。長年イギリスに住んでいる日本人の友人に右のような質問をしたら、「彼らにとっては、仕事よりも大切だから」と言っていましたが、まさに、その通りではないかと思います。
 しんどい練習も、決して鍛錬ではなく、それ自体、楽しむべきもので、それを自然に楽しむことができる感覚が、彼らの中に出来上がっているのです。だからこそ、例えば、練習中に、しんどくなれば、勝手に練習を抜けて休むし、私のような新しいメンバーが入ってきたときも、それに対し、特別の配慮をすることもありません。各自が、自分のペース、自分が楽しめる範囲で参加するというのが、当然の感覚になっているのです。
 実際、練習中に、しんどそうな顔をしていると、「Do you enjoy rugby ?」と、なんども声をかけられました。愛想笑いをしながら「Yes」としか答えられない自分が情けなかったですが、こう聞かれて、ふと振り返ると、「練習の途中で、抜けるのは情けない」というような気持ちがあることに気づかされました。彼らの中には、こんな感覚は全くないのだと思います。

 クラブの環境に関して、もう一つ、羨ましいことがありました。各クラブが、クラブハウスの中に、パブを持っているのです。クラブハウスがどんなにぼろぼろでも、どのクラブも、パブだけは、営業ができそうなくらい立派なものを持っています。
 練習や試合が終わった後、風呂に入ってから、パブでビールを飲むのが、イギリス人の大きな楽しみの一つとなっています。しかも、そのビールの量が普通ではありません。つまみを全く食べずに、会話を楽しみながら、ひたすら飲み続けます。
 メンバーの一人に、「家に帰ってから夕食を食べるのか」と聞いたことがありましたが、キョトンとされました。彼らは、少なくとも練習の日には、このビールが食事代わりで、家に帰ってから夕食をとることはないようです。
 また、一般的にも、イギリス人には、日本人のようにまとまった夕食をとる習慣はなく。かなりの部分をビールが代替しているようです。
 パブとビールは、イギリス人(イギリス文化)にとって不可欠な存在ですが、ラグビー(スポーツ)にとっても、切っても切れない関係にあります。ビールだけで、どこから、あのデカイ体とパワーが生まれてくるのか、不思議な気がします。

 9月から4月まで、毎週土曜日に、試合が行われます。年間30数試合程度にのぼり、かなりのハードスケジュールです。
 しかも、各クラブには、1(ファースト)チームから6(シックスス)チームくらいまであって(16歳以下のチームもある)、各チームが原則として、毎週試合をするわけですから、イギリス全体で見ると、その試合の数は物凄い数にのぼります。ラグビーよりもクラブ数の多いサッカーやその他のスポーツを併せると、イギリス全体で毎週行われる試合の数は、とてつもない数になっています。
 毎週、ファーストチーム同士の試合には、クラブOBをはじめとする地域の人々が、応援にやってきます。おじさん、おばさん、子どもまでが、ビールやらジュースを持って、プレーの度に、「カモン、フィンチリー」と叫んでいました(何故か、みんな「Go」ではなく、「カモン Come on」と言っている)。そして、試合が終われば、選手と一緒になって、応援に来た人たちも、パブで一緒にビールを飲んで楽しみます。
 プロ選手がいるようなトップチーム同士の試合になると(これは、もちろん有料)、大きなスタジアムが、ほぼ満員になります。それでも、地域のクラブチームの延長にすぎませんから、その規模や範囲が大きくなるだけで、地域の人々が地元チームの応援に来るという形は変わりません。日本では、ラグビーやサッカーの試合を見に行くのは特別な事という印象がありますが、イギリスでは、土曜の午後に気楽に近所の試合を見に行くという感じで、完全に日常生活の一部になっています。
 自宅から車で20分程度のところに、サラセンズというイングランドのトップチームのクラブがありました。その試合を初めて見に行ったときに、予定していた友人が来なかったために、チケットが余ってしまったことがありました。余った椅子席のチケットを、立ち見席のチケット(椅子席より安い)を買おうとしていたイギリス人に安い値段で買ってもらおうと思い、3人に声をかけましたが、3人ともに断られてしまいました。3人とも「椅子席ではなく、立ち見席で応援したい」というのが理由でした。スタジアムに入ってみると、実際に多くの人がゴールポスト裏の立ち見席で、ビールを片手に応援していました。これが、イギリス人の楽しみかたの一つだと、大変関心させられました。
 応援の仕方も、地元チームであることや、ゲームを見る眼が肥えているせいもあって、良いプレー・悪いプレーに、見事に反応します。日本のようなまとまった応援は、ほとんどありませんが、ここの反応が共鳴しあって、なかなか楽しいものです。
 国際試合などでは、イギリス代表チームが攻め込む場面になると、誰彼ともなく始まった歌がスタジアム中に広がり、スタジアムの銀傘にこだまして独特の雰囲気が生まれます。
 また、ラグビーではそれほどでもありませんが、サッカーのトップリーグの試合の応援は、本当に熱狂的です。去年のサッカー・フランス・ワールドカップでは、イギリスの悪名高き「フーリガン」が相手チームの応援団と暴力事件を起こしましたが、観衆の熱狂ぶりを見ていると、何時、そうなってもおかしくないような雰囲気があります。

 話が横道にそれてしまいましたが、いずれにしても、イギリス人にとって、スポーツは非常に身近なところにあり、生活に不可欠なものとなっています。
 その基盤となっているのが、地域のスポーツクラブのシステムで、日本のJリーグはこの地域クラブシステムを目指していますが、イギリスを見る限り、地域クラブのシステムは、恵まれたスポーツ環境抜きには考えられないような気がする。そして、イギリスの恵まれたスポーツ環境は、そのまま、住環境の良好さを意味しています。
 ロンドン駐在している日本人の友人が、「イギリス人の従業員は6時頃には皆帰ってしまい、残っているのは日本人だけ」と、ぼやいていましたが、仕事から戻って、良い自然環境の中で、地域の仲間や家族と共に、スポーツ(余暇)とビールを簡単に楽しむことができるのであれば「早く帰ろう」という気になるのが自然かもしれません。
「仕事以外の楽しみがたくさんあり、時間的にも費用的にも手軽に楽しめるのであれば、それ以上、無理して働く必要はない。しかも、階級社会だから、少々頑張っても、その壁を崩すのは難しいし、無理をしなくとも、ビールやスポーツは十分に楽しめる。」
 少し単純化しすぎですが、ひょっとすると、イギリス人の中には、こんな感覚があるのかもしれません。

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