文化

イギリスでの電車乗り越しには気をつけよう

弁護士 峯本 耕治

 またまた、私のためにニュースの発行が遅くなったようです。いつもすいません。
 数日前に、電車の中で、隣の人のスポーツ新聞を必死で覗き読みしていると、イギリスの首相であるトニー・ブレアの妻のシェリー・ブースが、ロンドンの地下鉄の「無賃乗車?で罰金を課せられた」という記事が目につきました。
 シェリー・ブースは、イギリスで最も有名な弁護士(バリスター・法廷弁護士)の一人で、とてもチャーミングな女性で、大変人気の高い人です。
 本当に無賃乗車ということなら、大きなスキャンダルなのですが、スポーツ新聞の三面記事で、しかも「?」マークつきの記事ですから、実際にはちょっとした興味本位のネタにすぎません。覗き見しただけですので、詳しい中身はわかりませんが、話の想像はつきます。おそらく、シェリーが無賃乗車防止のキャンペーンに一役買ったか、乗り越しがどうしても必要になったために覚悟の上で罰金を支払ったのかの、どちらかではないかと思います。
 イギリスに行かれたことがある方は経験があるかも知れませんが、イギリスの地下鉄や鉄道では、日本のような乗り越し後の清算が認められていません。乗車全区間の有効切符をあらかじめ購入していなければ、見つかったときには、どんな理由があっても、一律に罰金を課せられます。
 私も、最初の頃に失敗して、罰金を払わされました。下手な英語で、必死になって、やむを得ない乗り越しであることを説明したのですが、全く取り合ってもらえませんでした。日本の留学生や駐在員は、誰でも一度は経験があるのではないかと思います。
 日本では、乗り越し後の清算が当たり前のように認められています。そのため悪用しようと思えば、検札でキセル乗車が見つかっても、「降りるときに清算をするつもりであった」と言って不足分を支払えば、多くの場合、それで問題なく通ってしまいます。イギリスでは、そのようなことは、認められないわけです。
 こう聞くと、大変、杓子定規なやり方に聞こえますが、その反面、ロンドンの中心を除き、イギリスの駅には改札のない駅や改札口のチェックがない駅が多数あります。車内の検札も、めったにありません。ですから、区間によって、少し勇気?を持てば、無賃乗車は難しくありません。イギリスだけでなく、他のヨーロッパ諸国も同様で、パリやストックホルム、アムステルダム等でも、ほんの一部の中心駅を除き、改札口でのチェックがない駅がたくさんありました。その点では、大変のんびりした雰囲気があるわけです。
 このようなイギリスやヨーロッパのやり方は、日本とは大きく違っています。日本の場合は、改札のチェックをほぼ確実に行う代わりに、有効な乗車券を持っていなくても、清算さえすれば、罰金を課せられることは、ほとんどありません。これに対し、イギリス・ヨーロッパ式は、改札のチェックは緩やかな代わりに、みつかった時に有効な乗車券を持っていなければ、どんな理由があろうとも、一律・形式的に罰金が課せられるわけです。
 国民性や文化の違いと言ってよいでしょうが、評価は別にしても、少し乱暴に整理すれば、ルールに対する考え方の違いと、コストに対する意識の違いが、よく現れています。
 日本では、いわゆる「本音と建前」の文化で、ルールが決まっても、抜け穴がもうけられていることが少なくありませんが、イギリスでは、一旦決められたルールは厳格に適用されます(もちろん、程度の問題ですが)。
 例えば、日本では学校教育法11条で、教師の体罰が明確に禁止されています。しかし、実際には、現在でも、体罰を用いる教師が少なからずいます。依然、一部に体罰容認の雰囲気が残っていて、体罰教師に対するペナルティーも軽いものに止まっています。
 イギリスでは、1980年代まで、教師の体罰は禁止されていませんでした。イギリスの学校での体罰は伝統的なもので、日本で言う体罰とは少し異なりますが、禁止が決定された時にも、体罰の必要性等について激しい議論が闘わされました。禁止される以前にも、多数の体罰ケースが裁判所に持ち込まれたのですが、イギリスの裁判所は、伝統的な方法に従った体罰については、これは適法であるとの判断を下していました。ところが、イギリスの国内裁判所で適法とされた体罰ケースが、次々とヨーロッパ人権裁判所に持ち込まれ、多くのケースについて、体罰が子どもの人権侵害にあたるとして、学校を管理する国側に損害賠償が命ぜられていきました。当初、イギリス政府は、このヨーロッパ人権裁判所の判断に抵抗を示していたのですが、多数のケースがヨーロッパ人権裁判所に持ち込まれるようになったため、損害賠償の金額も無視できないものとなり、これが決定的なものとなって、公立学校での体罰が禁止されたわけです。そして、一旦、禁止されると、それが厳格に適用されました。体罰禁止に違反した教師に対しては、解雇等の厳しい処分が科せられましたので、その後、公立学校における体罰は全くと言ってよいほど姿を消しています。
 このように、一旦ルールが作られると、それが厳しいペナルティー付で厳格に適用されるというのは、イギリスのやり方の大きな特徴です。
 これらの例からわかる、もう一つの違いが、コストに対する意識の違いです。
 イギリスやヨーロッパの地下鉄・鉄道が前に紹介したようなやり方を採用しているのは、ルールに対する意識の違いだけでなく、その方がコストが安いと判断しているからです。無賃乗車の取締のために、改札口に人や機械を細かく配置して改札でのチェックを確実にするよりも、発見した時に厳しいペナルティを科す方が金がかからない、という判断が、そこにあると思われます。
 このコストに対する意識の違いは、イギリス生活における色々な場面で感じました。
 前に紹介した体罰禁止の決定的なきっかけが「損害賠償額が無視できなくなった」という現実的理由であったのも、大変、イギリスらしさを感じます。
 それ以外にも、例えば、刑事手続や刑事政策を決定・改革する上でも、コストが大変重要なファクターであると考えられています。
 イギリスでは、犯罪者一人あたりの逮捕・勾留・取調の費用、裁判の費用、刑務所収容の費用等のコストが常に計算され、意識されています。その上で、どのような刑事手続や刑事政策を採用するのが、最もコストが安くて再犯防止効果が高いかという観点からの試行錯誤が繰り返し行われているのです。
 日本の警察は、被疑者が認めている事件・無罪を主張している事件・軽微な事件・重大な事件等を、ほとんど区別せずに、全てについて同じような細かい取調べ調書を作成します。裁判において被疑者が認めることが明らかな事件について、警察官が膨大な時間をかけて調書を取り、しかも、それが日本全国で同じように行われているわけで、誰が考えても大きな無駄があります。それによって、日本の警察官は事件に追われる大変忙しい毎日を送り、もっと慎重に調べなければならない事件や、迅速に捜査しなければならない事件の捜査がおろそかになっているわけです。
 もう少しコストの意識があれば、このような不合理なやり方はとっくに変わっていたはずです。
 また、イギリスには、日本で近年大きな問題になってきている児童虐待問題に関する、大変洗練されたシステムがありますが、現在、このシステムについても大きな改革が行われようとしています。これまでのシステムは既に発生した虐待問題の発見や事後的な対応に主眼があったわけですが、今回の改革では、事後的な対応と共に、児童虐待を防止するための家族サポートが重視されています(詳しくは、別の機会にご紹介したいと思います)。
 これまでのシステムの運用に要したコストと効果等に対するリサーチが様々な角度から行われ、事後的な対応よりも、事前予防にお金をかける方が、費用対効果が高いと判断されたことが改革の理由です。
 このコスト意識は、イギリスの制度を現実にあわせて合理的なものに改革していく上で、重要な役割を果たしています。
 もう少しコスト意識があればと思うことが、日本の場合、本当にたくさんありますね。

Show More
Back to top button
Close
Close