編集後記 他

編集後記 他

編集後記

 たくさんの感想やご意見ありがとうございます。ポストを開けて読者通信の葉書が入っていると闇に向かってボールを投げてたわけじゃないんだって実感します。▼私はどうも思い込みの強い人間の様で、私が思っていたら皆さんも思ってくださるなんて錯覚をする癖があって、コメントをあまり書かなくたって今回のテーマはきっとわかってくださるなんて勝手に思い込んでいます。石田僚子さんや子ども達のことで思うことは、大人の側の問題。私の問題なのだという視点です。No.21で斎藤二郎さんの本の帯を載せましたのも「子どもはいつも時代を映す鏡だ」という思いです。前回No.24も一面から「インフルエンザ」「編集後記」までそのような思いで編集致しました。それに私はひねくれた性格で、他の読みものでもしつこく書いてあると押しつけがましく感じ「フン」なんて横を向いてしまうようなところがあって(今回の編集後記はしつこいなと思いつつ書いているのですが、・・・がまんして読んでください。)出来るだけシンプルに通信全体を通して皆さんに伝わるように、私は多くの人の声を伝える役にと思っております。夜なべで一つ一つスタンプ捺したり、シールを貼ったり、千通になったらできないかもしれないけれどと思いつつ切手を貼り続けています。発送の日は、泉さんといっしょにジャズを聞きながらいろんなおしゃべりをしながら通信を折ったりいろいろなものを、それぞれの所でそれぞれに生活しておられる会員の皆さんに「ほー」と息をついて明日も元気で生きるかとそんな通信になればと入れています。▼さてそこで前回の一面に八島さんの絵を持ってきましたのは、何か気になって取っていた記事ではあるのですが、そして皆さんからの年賀状や年頭のあいさつ等をとも考えましたが、曽我さんの「偽笑と幼児」の文章の中の「ほんにおまえもあの時はこの光のただなかに立って眺めてゐたっけが・・・。」という文章を読んだときに八島さんの「妹は存在したのに何も残っていない。」という言葉と通じるかなと思ったからでした。石田僚子さんもいたのに今はいません。それと、八島さんの「そういう子にこそ目を向けるべきなんです大人は」という言葉でした。▼少年法のことは、マスコミはこんなことを書いているけど本当はどうなの?野口さんの書かれた本を読むとよくわかります。「是非読んでください。」それに全てを込めたつもりでした。伝えるって、難しいもんですね。先生と子ども達、親と子もそうなのかなぁー。▼(でも良かった!本当は少年法に関するほかの記事もどっさり印刷しようと思っていたのです。「ホッ」慌ててレイアウトしたもので記事の日付が抜け落ちていました。98年12月12日読売です。)野口先生には、子どもが中学に通っていた頃「丸刈り強制は止めて」と動いていたときに本当にお世話になりました。でもお世話になったからというだけでなく石田さんの事件も少年法のことも自分の内側に問い続けながら社会に対しても問い続けていたいという思いです。▼スイミングのインストラクターを始めて16年。何度も辞めようと思いながら子どもの魅力から離れられず、そして橋下さんの文章の中にもありました「自主的な活動の余地」のほんのわずかでもある同じ職場で「ただただ私は人間が好き」で広い年齢層(0〜80歳ぐらいまで)の人達に接することができるこの「体はっての水商売」を続けています。借用記事は出来るだけ載せないように努力しますね。と言いながら今回も通じるかなと載せています。ごめんなさい。アウトサイダーアート展の講演会が終わった後、田島征三さん自身が「読んで下さい」と下さった「山桜の実」皆さんにも読んで欲しいと思いお願いしたところ快く受けてくださいました。
 次回は6月末を予定しています。その時は、オリジナルでできたらいいなと思います。どうぞ皆さんお力を貸してください。
文章投稿色々待っています。

(所)

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