編集後記 他

編集後記 他

10月15日の集まりについて

 来年の集まりの講師に、藤木正三さんをお呼びしたいという声があり、お電話をしましたところ「来年まで生きているかわからない」と言うお返事でしたので、以前から強い要望もあって、急きょ今年に来て頂くことにしました。お時間のある方は、是非おいでください。
 ◯ 時間 1時〜4時
 ◯ 場所 神戸学生青年センター


藤木正三さんの紹介

 著書の『灰色の断想』の中に“人間は、灰色において、1色であります。その色分けは1人の人間においても一定ではなく、白と黒との間をゆれ動いているのであり、白といい、黒といっても、ゆれ動いている者同士の分別に過ぎません。よくみればやはりお互いに灰色であります。灰色は、明るくはありませんが暖かい色です。人生の色というべきでありましょう。”と書かれておられます。
 大病をされた後、現在は、不登校の子どもたちやその親たちの相談に東奔西走されております。


ごく私的な話

 1999年6月、竹田さんの個展へ行った夜遅く、ふと(石田僚子さんは、何も悪いことをしていないのに門扉に挟まれ殺された。)という思いが浮かびました。私の中では、『何も悪いことをしたことのない』人間なんていないと考えているので、なぜかなと思って来ました。
 今年に入って、皆さんから届いた原稿を文集用に打っていて、石田さんがもし生きていたら石田さんの言いたいことは「私は、何も悪いことをしていないのに殺された」ということではないだろうかと思いました。『忘れ去られている』ということが、堪え難いのではと思いました。私は、仏教徒ではないので、よくわかりませんが、去年は、石田さんが亡くなられてちょうど9年目にあたります。毎日毎日原稿を打ちながら、チラシの印刷にいたっては、朝の8時から夕方6時まで、原稿校正をしながら2台のプリンターをフル稼動して400枚刷り上げました。誰に頼まれたわけでもないのに、いったいなぜここまでしているのだろうと自分でも分かりませんでした。
 仕事の合間には、連日新聞社の記者が取材に、広報は、他の人に頼んでいたのですが、都合が悪くなったので、受けることになりました。来てくれた記者たちには、何とか分かって欲しいので、全エネルギーを使い果たすという感じでした。思わず立ち上がって「私は、何も悪いことをしていないのに殺された」と言いそうになるのを抑えながら話しました。7月6日の日は、目を開けるのも、口を開くのもしんどいという感じで出向きました。
 7日の明け方、夢の中で石田さんが来るのを感じたので、「ごめん。できる限りのことはしたけど、あんまり集まらんと思うよ」と言うと、安らかな声で、「もういいんよ、そんなこともういいんよ」と言う声が聞こえ、明るい天に昇って行くのを感じました。胸のつかえがとれ、肩の荷がおりる気がしました。私は、この『できる限りのことはした』と言うためにこの数ヶ月やって来たのかも知れません。そんな気がします。
 8日は、安らかな気持ちで迎え、過ごすことができました。今までの私でしたら、集まった人数で成功したとか、失敗したとか評価していたでしょうが、まったくそれとは別の世界があることを教えられました。会場へ来られていた方が「新聞を見て息子と話たんよ。ひどいことしたんやな”って石田さんと同じ15歳だった頃は、あまりできなかったけど25になってできた」と。新聞記事やテレビを見た人達が、少しでも思い出したり、話し合ったりしてくれたとしたら、どんなにか石田さんの魂が癒されたことだろうと思います。
 このようなことを書いたら、頭おかしいんじゃないと言われそうですが、石田さんの15歳で殺されたことを思えば、何ほどのことでもないと、最近思うようになりました。

所 (8月24日)

Last Updated on 2020年8月27日 by manager

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