編集後記 他

編集後記 他

石田僚子さん追悼30周年行事

7月5日 (日) pm13:30〜16:30『追悼記念講演ー考えよう子ども達の幸せと教育ー』
       会場:兵庫県民会館303号(市営地下鉄県庁前駅下車すぐ)
       講演:「教育委員会とはなにか」角田裕育さん(フリージャーナリスト)
       ミニライブ・ディスカッション・『7月6日の朝』絵本原画展
7月6日 (月) am8:30〜9:00『兵庫県立神戸高塚高校門前追悼』(西神中央駅徒歩10分)

『7月6日の朝』絵本原画展

7月6日 (月) 〜12日 (日) OPEN:11:00〜18:00
いちばぎゃらりぃ侑香 神戸市兵庫区神田町38-22 平野マンション1F


寄せ書き・合本「僚子さんと生きた30年」発刊!

全534ページ ¥2,020-

30年たって、そこから見える事実、詭弁、真実の行方は?

石田僚子さんと生きた30年 「門扉裁判」は最高裁まで闘いましたが「棄却」でした。「校長の裁量範囲内」とポイと捨てられました。学校は、どんな子どもも受け入れ開かれている場所ではなかったでしょうか?途中で、お腹が痛くなることだってあります。困っている人を助けることもあります。問答無用でカウントダウンして閉めるなんて、おかしくありませんか?事件後すぐ、救急車を呼ぶより先に教育委員会に相談電話をしたと聞きました。僚子さんから流れた血を子どもたちに踏ませたくないと直ぐに洗い流したと聞きました。そんな心遣いができるのなら何故、鞄が挟まったり、スカートが挟まったりして危ないと言われている時に、僚子さんが亡くなるまで誰も止めることができなかったのでしょう。購入して読んでいただけましたら幸いです。

[所]

(寄せ書き・合本は、今までにカンパを頂いた方や原稿のご協力を頂いた方にお送りしています。)


会計報告

*通信費、カンパいつもありがとうございます。これまで皆様のご協力をいただき、通信が発行できたことに感謝いたします。7月6日をもちまして残金0円にしてこの会計を閉めたいと思います。
残金が出ましたら、合本制作費に充てたいと思います。この通信がここまで続けられたのは、皆様のご協力あってのことだと思います。本当にありがとうございました。

*合本制作・中村羅針さんへのカンパのご協力お願い

2020年度の残金は0円です。拠って合本制作費は会員有志(個人)に立替えて貰っていますので皆様のカンパご協力お願いいたします。また事件が起こった時から、毎年石田僚子さんのことを路上で唄って集めたカンパで毎年沢山のカーネーションを献花し続けて下さった中村羅針さんに7月6日来ていただく予定です。東京から高速道路を走らないで地道を車で来てくださいます。今回で最終のカンパです。7月31日をもって締めさせて頂きます。よろしくお願い致します。

会計 藤田英美


編集後記

所 薫子

このようなことが起こるなんて、誰が想像したでしょうか?SF映画を観るようです。以前「勝手にシネマ」で「12モンキーズ」を紹介した時に、編集がもう少しスッキリしていたらというようなことを書きましたが、混乱する世の中を現わしていたのかもしれません。今回改めて元神戸映画サークル会長の塩見さんに書いて頂きました。映画は2035年から色々な時代にタイムトラベルしますが、今から15年先です。そんなに先の話ではありません。そして今、正に現実に世界中に「新型コロナウイルス」が蔓延しています。よろしければ是非、ご覧ください。何回も観ないと解りにくいかも知れません。塩見さんが書かれているように”「思い込み」はないか。点検を怠ってはならない。”と改めて考えさせられました。
 激辛カレーを無理矢理食べさせるなどの教師による教師へのいじめ行為事件動画をニュースで、ご覧になられた方も通信読者の中には多いことでしょう。また教育委員会が謝罪したり、神戸市教育委員会総務課の調整担当係長(39)が2月9日に自死したことも覚えておられると思います。その後コロナ騒ぎで報じられなくなりましたが、これも神戸市でした。まだ何も解決していません。運動会における「組体操」が問題視されて長いですが、そして毎年、大けがをする人が絶えませんが、現場では解決ができず、神戸市長が宣言して、やっと今年の運動会では、無くなるのでしょうか?後遺症の残るケガをした本人や家族の人生をどう保証するのでしょう。
 公庄さんの「ひょうたんから駒」の中に”公庄は赤軍派だから公金はだせない”という文章に、役人と言うものは何時の時代でも同じようなことを言うものだと思いました。長男の新設中学校入学式、「日の丸」「君が代」のある入学式や運動会、卒業式には遅れて参列するようにしているのですが、この日は長男を含め男子学生が小学校の頃のままの髪型で参列するので、君が代斉唱の時には起立しないで参加しました。新設体育館の扉は閉められ密室、密接、密集で、上空では各新聞社のヘリコプター音が響く異様な中で式は繰り広げられました。校長は「校則は何も決まっていませんが、丸刈りだけは決まっています。」と言い、私を含め三名の母親を「モモヘルの残党」と断言しました。私は、もう少し時代は後です。後日、体育教師で生活指導担当教師より「10年は丸刈りは無くなりませんよ」と言われ、石田僚子さんの亡くなった年の二学期終業式に校長から「三学期から長髪にしてもよい」とのお達しがありました。次年度新学期より僚子さんの人身御供で、丸刈り強制は全市で無くなりました。
 皆さん、長い間ありがとうございました。

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