教育

こどもたちへ「学校で死なないで」2

〜 とにもかくにも、まず逃げろ 〜

田辺 克之

「学校はいのちがけで行く場所ではない。」とこれまでにも何度となく訴えてきた。学校は戦場ではないのだ。しかし、いじめる子がいある。暴力をふるう教師がいる。一方、家庭の事情で、親からの愛情をうけないで育つ子がいる。家に帰るのがつらくて、暗い街をさまよう子もいる。育つ環境はさまざまだ。弱肉強食の社会に生きている。世界では戦争や暴動のニュースが毎日流れ、残虐な犯罪が報道される社会にキミたちは生まれ落ちた。生まれた社会がたとえ腐敗していたとしても、その社会を作り変えていくのがキミたちの任務だ。やりがいはある。古い社会の悪習に染まってはいけない。差別を許さない強い心が必要だ。自由と平等を高らかに掲げ、時代を創造する使命を受け継ぎ、新しい文化を生み出してほしい。すくなくとも学校で死ぬなんてことは考えるな。犬死でしかない。いじめに耐えられず、追いつめられて死のうと決意する前に、考えよう。学校のために自分は生まれてきたのではないと。体罰を受け続けて暴力に麻痺しているキミに言おう、そこはもはや学校ではない。信頼関係と民主主義が失われた場所は学校とは言わない。そこから脱兎のごとく逃げて、生き延びよう。いのちはまず自分で守れ。
キミの親が暴力をふるう人であっても、まねはするな。こどものキミにそれを言うのは酷かもしれないけど、いかなる暴力もよくないことなのだ。愛にムチはいらない。教育に体罰は必要ない。たたかれて育った子は、またわが子をたたき、暴力は連鎖する。暴力に鈍感になり、平気で暴力をふるい、それが日常化する。教室から暴力を排除し、生徒が安心して過ごせるようにするためには、たゆまぬ「人権教育」が必要なのだ。生徒に人権教育を教える前に、教師にきちんと人権教育をほどこすべきだ。切り捨てゴメンがまかり通るチョンマゲ時代からまだ200年も経っていない、まさしく人権意識の発展途上国だから、こどもよりもオトナの人権教育がまず必要なのだ。
もし、暴力や暴言が教室に蔓延し、いじめがたえず起こっていたら、その教室は危険だ。もはや、子どもたちが過ごせる環境ではない。ただちに退却するのが賢明な判断だ。火は小さいうちに消さないと、燃え広がる。トラブルが少数者で起こっているあいだなら協力すれば、必ずおさまる。しかし、ある程度燃えひろがりはじめたら、キミは逃げろ。こどもにはもはや手に負えないからだ。担任や主任が努力してもすぐにはおさまらない。逃げるのは卑怯な行為ではない。勇敢でまともな判断をしただけなのだ。必死で逃げろ。親がなんと言おうと、自分のいのちを守るために命がけで逃げろ。ほんとうは、やられている者がクラスからいっせいに逃げ出せたら一番いいのだが、逃げられない人もいる。
親に叱られると思って、しり込みする生徒も出てくると思う。そんなとき安心できるオトナの協力を求めよ。オンブズパーソンやフリースクールや各地の「親の会」にかけこんで、相談するのがいい。いじめ解決の道は、キミが逃げ出さないとはじまらない。

Last Updated on 2020年10月3日 by manager

続きを読む
Back to top button
Close
Close