教育

インフルエンザ

 「うちのクラスの子にインフルエンザうつさんといてね。」 ぼくは、一瞬自分の耳を疑った。昼食後、隣のクラスで、友人とふざけ合ってた時のことだ。確かにその頃インフルエンザが流行ってはいたが、ぼくにその症状はなかった。その言葉は、他にもいた僕のクラスの連中にではなく、僕自身に向けて発せられた言葉だった。
 それは、インフルエンザという言葉を借りながら、僕をばい菌呼ばわりしたのだった。思わず怒りが爆発しそうだった。
 教師とあろう者が、何てことを言うのだ。事実ぼくは、この国語教師の授業をまともに受けたことがなかった。いつも机にひじをつくか、うつ伏せになって、そのうち部活動の朝の練習の疲れからか、練習がなくなってからもとにかくこの時期は眠たいのか、眠っていた。
 「ここはテストに出るからね。」とか、「これとは何を指しますか。」とか、「作者は何を言おうとしたか、三十字以内でまとめなさい。」とか、甲高い声が遠くで響いていたが、何もする気になれなかった。他の授業に関しても似たようなものだった。「何番以内に入らないと、◯◯高校には入れないゾ。」「これは必ず入試に出るからな。」誰一人として、自分の科目の面白さを語る教師はいなかった。教師も多くの友人も、目の前に迫った高校受験に占領されていた。握った握りこぶしが、猛烈な怒りの勢いを抑えるのにフルフルと震えるのが分かった。
 ぼくよりも小さなこの女を殴ることは、簡単だ。でもだからと言って、何が解決する。僕の何が分かると言うのだ。誰も彼もが「高校だけは出ていないとね。」と言い、その高校もスライサーで切り分けたようにランクづけがされ、僕も「高校なんか行ってやるものか。」と威勢のいいこと言いながら、どこか不安に駆られていた。
 国語教師は、僕の心の動きなどまるで気に止める様子もなく、自分の発した言葉がどれだけぼくの心を傷つけたか気づきもせず、ごく日常のように黒板のほうへ歩いて行った。ぼくは、何事もなかったように握ったこぶしをほどいて静かに教室を出た。
 あれから四年、十九歳になった僕は、『中学生が先生に暴力を振るって大ケガを負わせた』事件や『先生の背中をナイフで刺した』事件を報じるテレビニュースを観るたびに、自分のことのように思い出す。僕だって何度先生を殺したことだろう。どれも頭の中の想像ではあるけれど、殺してやりたいと思ったことが何度もあった。(なんで想像だけで止められへんかったんや)
 それにしても教師の暴力は日常的に行われていると言うのに、教師に暴力を振るうとこんなにも大きく報じられるのだろうか。小学五年生の頃、友達が、先生に三階の窓から足首を持って逆さづりにされたのを見た。彼はぼくより大きな子だった。子供心にも、落ちたら死ぬなと思った。ぼく自身もこの先生に首を締め上げられたことがあった。その先生よりうんと小さい僕は、宙づりになってアワを吹いたのを覚えている。
 でもそのことは親以外には誰も言わなかった。言葉の暴力や、無視したり、イヤミな目線や、えこひいきなど挙げたらきりがないだろう。
 ぼくは何年たっても「うちのクラスの子にインフルエンザうつさんといてね。」この言葉を忘れることができない。スローモーションビデオを観ているようにはっきりとその時のことを思い出す。これから先も、この声がぼくから消えることはない。

(か)

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