教育

校長の祈り

敬和学園高等学校 榎本 栄次

病醜のダミアン(救ライの使徒)

病醜のダミアン(救ライの使徒)

困難な課題を抱えた子どもがたくさん受験に来た
しばらく私の心は暗くなった
どうしてこんな子ばかり送ってくるのだろう
中学校は敬和学園のことをどのように思っているのだろう
困った子は敬和にやればいい
敬和学園のことをはきだめか
泥池のように思っているのじゃなかろうか

神さま
どうしてですか
私たちがまじめに取り組めば取り組むほど
課題を持った子が増えるのは
何の問題もない優秀な生徒ばかり来てほしいです
私たちには重荷です
どうすればいいのでしょうか
この子たちの前でたじろいでしまいます

主が言われる
何の問題もない学校がいい学校か
重い課題を必死になって抱えている学校が悪い学校か
おまえたちの学校は誰が建てたのか
おまえたちの学校は誰のためにあるのか
おまえたちの名誉のためか
おまえたちの生活のために建てられた学校か
おまえたちの学校の校門になんと書いてあるのか

明日
はきだめにえんどう豆咲き
泥池から
蓮の花が咲く
人皆に美しき種子あり
明日何が咲くか
        安積力也

病醜のダミアン(救ライの使徒)

病醜のダミアン(救ライの使徒)

おまえは誰をゴミと呼ぶのか
どこを泥池と言うか
泥池のどこがいけないのだ
そこにえんどう豆咲き
蓮の花が育っているではないか
あれはただの飾り文か
敬和学園を探してきた子どもらは
どこへ行けばいいのか
彼らこそ
かけがえのない私の子どもたち
神の似姿を宿したい尊い子たちなのだ
彼らが私のところに来るのを妨げてはいけない
おまえはキリストに何を求めているのだ
おまえはいつからそんなに立派な人間になったのか
いつからキリストを必要としなくなったのか

外国人が戦禍で叫んでいるとき、
私だけ平和でいられるようにと祈るのか
多くの子どもが不登校で泣いているのにふれて
私の学校だけはそんな子が来ませんようにと祈るのか
人が倒産して家を失っているのを見て
私は繁盛しますようにと祈るのか
若者がノイローゼに苦しんでいるのに出会い
私には心の平安をと祈るのか
家庭が崩壊しそうな家を聞いて
私の家は笑いに満たされますようにと祈るのか

ああ人が泣き悲しんでいるとき
どうして私だけが喜んでいられよう
ああ人が傷つき倒れているとき
どうして何もせずにそばを通り抜けられよう
ああ人が倒産して一家心中しようとしているとき
どうして私だけが豊かな食卓を囲んでいられよう
ああキリストが十字架にかけられているとき
どうして私だけが人から賞賛されていることを求められようか

病醜のダミアン(救ライの使徒)

病醜のダミアン(救ライの使徒)

30回生の卒業記念講演で何を聴いたのか
ジョセフ・ダミアン神父は
らい病(ハンセン病)人たちの島へ入ったとき
「私をらい病にしてください」と祈ったという
彼は密かにその膿(うみ)を飲んでいた
彼はその地の塩となった

ああ私たちはその話を聞いたのだ
共働学舎の宮島先生は「地の塩になれ」と説かれた
あの先生も地の塩の人だ
障害を持った人たちと共に生きておられる
あの話を感動して聞いた
聞いた者には大きな責任がある

私たちは今の日本に必要な学校になることだ
なくてはならない学校になる
世界を手にする学校ではなく
子どもたちが必要とする学校だ
それは自分の命を得ようとして生き延びることではない
そうすると自分の命を失う
自分の命を失うものがそれを得るだろう
命のある学校だ

我々は、万歳主よ、勝利です
何も問題がありません、感謝ですと
歓呼しつつ神の国に入るのではないらしい
おびえながら、後ずさりしながら
未来を開いていく
どうやら我々は
わが神、わが神、どうして私をお見捨てになるのですか
と叫びつつ
神の国に招き入れられるようだ

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