学校事故・事件

学校に市民社会の風を〔2〕ー荒れる心をみつめてー

 今の学校現場に於いてこうした方向転換が可能であろうか、誠に心もとないのである。
 私は四十余年の教師生活で、子供と向きあうのが教師の仕事であると信じ、将来の市民(生活者)に人間愛と必要な知識・技能を教えることを務めと心得てきたつもりである。しかし、学校教育法をはじめ日本の教育法規には「教師」の規定が何もないということを知った。
 「今の学校現場には、もう自分を支えるものがない」と訴える教師が多い。無理もないと思う。戦後の一時期は地域住民による教育委員は公選制であった。この体制下では教師は文部行政から相対的に独立し、自らの総意と責任で子供の教育にあたる自由が大幅に保障された。当時は教師は「学校制度を守らなければならないと言うような強迫観念もなかったし、自由に子供とつきあえた。子どもの信頼を得ると子供が教師の「支え」になる。八鹿高校事件を思い出すが迫害された教師の安否を一番気遣ったのは生徒であり、その父兄であった。生徒の支えに励まされた良き時代の教師像である。
 教育するとは教師と生徒が夢や理想を語り合い、誠実を胸に信頼関係を持つことがまず必要ではないか、ところが昨今は学校・地域・警察が一体となって子供を監視し、教師は管理教育の体制下にあって、学校制度の維持要員となり、あたりさわりなく努めることが安全な道になっている。

 1970年代にいじめなど学校の危機として始まった事態は、昨年12月開かれた教育研究全国集会の報告により更に危機状態を深めクラス崩壊・授業崩壊の無秩序状態が報告されている。
 私はこの交流会で一保護者の発言に触発された。「先生はどんな授業がしたいのか、文部省でも教育委員会でも行きますよ。」というのである。この婦人は管理教育の実体を熟知しての発言とうけとれた。

 私は高塚高校の事件を通して管理教育の何たるかを知った。当の管理体制に忠実だった教師は戒告処分を受け追放されたが校長にも県教委にも刑事罰はなかった。

 学校事件の大半は起こるべくして起こっている。子供と向き合う最前線にいある意欲ある教師たちの自主的な活動の余地を保障し、教師が「自分を支えてくれる市民がある」と確信できるような精神的支援を望みたい。市民の声が教育委員会の公選制度を復活させることも夢ではない。

1999.2.3

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