学校事故・事件

「教育的配慮」ということ

入江 一恵

 原ひろ子さんの「子どもの文化人類学」という本の中に「北極の近くに住むヘャー・インディアンと1年ほど暮らしてみて、へャー社会には “教える” という表現が見つからない。質問すると “自分でおぼえた” “学んだ” という答えがかえってくる」とある。20年前、私は原さんの講演で直接このことを聞き大きな衝撃を受けた。零下50度ともなる極限状況に置かれたヘャーの子どもたちは、自ら学ぼうとしなければ生きていけない現実がある。このヘャーと現在の日本とを比較すること自体無茶だという論もあろう。しかし、原さん自身「教えよう」という意識行動は人類普遍のものだというそれまでの考えを修正せざるを得なかったと記している。それにしても私たちの周辺では「教えよう」という意識や仕組みが氾濫し過ぎていないだろうか。
 8年前、石田僚子さんの命を奪ったあのいたましい事件は、教えようとする側の都合からくる管理システムの結果ではなかったか。そして、人々からこの事件を忘却させるための手段として門扉の撤去を急いだ。しかも、この撤去をめぐって「教育的配慮」という言葉が盛んに使われた。かって高校現場にいた私は、この言葉が何と好都合に使われるのだろうと管理者の心底を思って慄然とした。ひと一人の命の重さをこれからの子どもたちにどう語り継いでいくのか、その語り部ともなる門扉を撤去することがどんな「教育的配慮」なのだろう。自らの非を隠蔽し、正当化する以外のなにものでもないであろう。そう考えると憤りがこみあげてきた。このことを明らかにするために開かれた住民監査請求の意見陳述で、監査委員を前に私はかって自分が経験した高校現場で「教育的配慮」がどう使われたかの事実を話した。2,3日前、森池さんから渡された事件後の生徒会・保護者・教員・校長・教委などの動きの詳細な記録を読みながら “なぜ” “なぜ” という疑問が湧いてくるのを禁じえなかった。あの門扉撤去当日、雨に打たれながら必死に門扉に張り付いていた曽我さんの姿とともに、私の脳裏からは消えることがないであろう。そして、いままた、須磨区A少年の事件をきっかけとして “心の教育” がしたり顔に登場している。同じ穴からの発想と思うとしらじらしく感じるのは私のひがみだろうか。

Last Updated on 2020年8月25日 by manager

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