不登校

「不登校から登校拒否へ」

田辺 克之

初期の段階の方もおられるので、初心者向けにすこしお話しします。

「不登校していて大丈夫ですか」という問題。

学校や教育機関をたずねても、この答えを見つけることがむずかしい。大学のえらい先生の講義を聞いても、いろんな本を読んでもぴったり心にひびく答えが得られません。では本当に大丈夫なのでしょうか。25年間不登校の子どもたちといっしょに活動してきて、はっきり言えます。なんの問題もありません。いじめであれ体罰であれ、それを阻止できない教育環境なら、子どもたちに、そして親も逃げ出す勇気をもってほしい。話し合いで解決するためには時間がかかります。大人同士が話し合っているうちに追いつめられて自殺するケースが目立ちます。
不登校とは学校に行けないことではなく、学校に行かない選択をすることですから、あらためて登校拒否というのが正しいのかもしれません。時代が進めば、やがて多様な教育が認められ、自分の命をおびやかす環境に気づいたら、そこから自由に逃げ出せるような制度が生まれるかもしれませんね。でもその日まで待っておれないのが現状です。2013年度の統計では、いじめ件数が過去最多を計上したと報じられています。
どうしてですか?みんなオトナの側からオトナの目線だけで話すからだと思います。オトナは子どもの立場に立とうとはしません。とくに教師はできません。子どもたちは、このまま登校を続ければ命がもたないと気づいて休みます。学校へ行ったらボクがダメになると感覚的に気づくのです。そんな子どもの声がオトナのこころに届かない。
学校に行けなくなった大きな要因は、だいたい人間関係です。オトナが会社をやめるのもだいたい原因は人間関係ですね。給料が少しぐらい安くても楽しい職場なら苦になりません。子どもたちも同じです。しかし、現実にはいじめや体罰が恒常化し、子どもたちはがまんして声をあげず、オトナに相談できず、どんどん追い詰められて、死ぬこと以外に道がないと子どもなりに判断してしまうのです。去年の大津市内や大阪市内で起きた学校内での子どもの自殺がその例です。
オトナに相談しても「それくらいのことで」とか「やりかえしたらええねん」とか、もうどうしようもないギリギリの状況でサインを出しているのに、親は「まだ大丈夫だろう」とかまえ、教師は「なんとか学校の中で解決しよう」と考えます。
いじめや暴力は感染します。あるとき教室で、何人かが騒いでいたら、「センセなんでおこらへんの、うちの親やったらすぐなぐるで」と言った子がいました。親の暴力は子どもに感染していきます。教室内では、わるふざけが日常化し、エスカレートしていき、子どももひとりでは解決できない状況が起こります。オトナが気づくときには、事態はかなり深刻になっています。それに気づいた大津の親は、学校に知らせても埒が明かないので、警察に2度も相談に行っています。そして警察が学校を訪問し、事情聴取しているあいだに、子どもは「もうだめだ」と判断して自殺してしまったのです。なぜ親はそんな危険な状況にある学校へやらせたのですか?そこまで学校信仰というか、学校はなんとかしてくれるという幻想を抱いて、休ませなかったのですね。オトナが気づいた時点では、すでに深刻な状況になっているわけですから、すぐになによりもまず子どもを学校から遠ざけ、休ませることです。それを制度化しないことには校内から「いじめ自殺」は消えないと思います。ところが、事件後学識者らによって第3者委員会が設置されますが、自殺といじめの因果関係を検討するだけで、子どもの気持ちに立って判断することはありません。そしてとても残念なことに、子どもを休ませるという話題はでてこないのです。本当は、どの時点で休ませるか、そしてそれを公休扱いにし、学習権の保障をどうするかなど、被害に苦しんでいる子どもの側に立って話し合われるべき第3者委員会がなんの役にも立っていないのです。
学校の担任やスクールカウンセラーも不登校の初期には「すこし休んで様子をみましょうね」とやさしく言いますが、いったん休みはじめると、もう1週間も待てず、一日でも早く学校復帰をとせかします。学校もオトナも子どもを休ませることが許せないのです。まじめな親ほど子どもが学校を休むのを嫌います。許す自分が許せないのです。学校に行かなくても有意義な時間の使い方はあるはずなのに、頭がカタイというか、枠からでることができないのです。「わたしの選択肢に、学校を休むなんて道はなかったからですから、私はつらくても登校してました。」と学校大好きぶりを語る母親がいます。そんな親たちのカビのはえた価値観を砕いていくことが、ボクにとって「親の会」を進めていく上での当面の課題でもあります。子どもにとって、学びは大事ですが、学校が一番大事だと思わないでほしい。たとえ不登校になっても、まさかうちの子がと落胆し、必死で登校を促したり、力ずくで登校させようとしないでください。ゆっくり休ませて、じっくり子どもの声に耳を傾けてください。親がどっしり構えていたら、子どもは自然に元気をとりもどします。そして同じ環境の学校へもどそうとしないでください。学校でなくていいのです。子どもたちの多様性と個性と人権を第一に考えるフリースクールの門を叩いてください。
子どもたちを学校にしばりつけようとする古い社会から、多様な学び、多様な教育が選択できる時代への変革が求められています。最近、安倍総理が東京のフリースクールを訪問したというニュースが飛び込んできました。政府もやっと重い腰をあげたのでしょう。
僕個人は、息子が小3のときに「学校やめるわ」と宣言したとき、ラッキーだと思いました。ボクも学校ぎらいでしたから、「OK、教育はまかして」と考えました。子どもの教育を学校まかせにしない親の心構えが必要だろうと思います。

Last Updated on 2020年10月9日 by manager

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