教育

傷みを共有するということ その①  ~若者の葛藤に寄り添う~

南 悟

はじめに

久しぶりの寄稿であるが、現在東京都と大阪市の橋下市長が学校教育において、「ゼロトレランス」(寛容度ゼロ)なる厳罰指導の導入を進めている。問題行動を繰り返す生徒にポイント制などを導入し、出席停止や退学処分も辞さないとするもので、生徒の問題行動の背景にある貧困や家庭環境の劣悪さを捨象し、生徒に自己責任を押し付けるものである。
これは、すでに20数年前にアメリカでも日本でも破たんした生徒指導論であり、高塚高校において石田僚子さんの尊い命の犠牲によって終止符が打たれたはずのものである。
文科省も06年6月に「国としてゼロトレを推奨したわけではない。教育を受ける権利を制限しかねず、導入に課題がある」と指摘している。(毎日新聞2014.5.18)
巡りくる石田僚子さんの命日に向けて、あらためて厳罰主義の生徒指導に反対していくとともに、教員を目指す学生の皆さんに問題提起を行っていく決意である。

大学での実践

大学で教職必修科目「生徒指導論」の講義を担当して3年を終えることができた。兵庫県の高校国語教員としての勤務経験37年間のうち31年間を夜間定時制高校で勤務した私が、働きながら学ぶという困難な生活の中を生きる生徒たちとの付き合いで得た数々の貴重な経験から、教員を目指す学生の皆さんに、現場での課題解決のための問題提起を行ってきた。
「生徒指導論」の講義テーマは「生徒の生きる力を育み今日よりも明日をよりよく生きていくための指導援助を行うものである」とシラバスに表記した。児童生徒の生きていくための力を育むためには、子どもの葛藤に寄り添う教員としての主体、まずは学生の皆さんが人生の困難を乗り越えていく力を身につけなければならないだろう。
「生徒指導論」では一貫して、「他人の傷みを共有し共感する感受性」を養う、「一番しんどい子どもの葛藤に寄り添う」、「困った子は、困っている子」という講義テーマに沿って、種々の課題を克服し問題解決できる現場での実践力を身につけるための技法を獲得すべく展開してきた。
教材としては、拙著(2009)『生きていくための短歌』(岩波ジュニア新書)を中心に用い、定時制高校生が詠んだ短歌と、そこに見られる生き難い人生をそれでも前向きに生きるたくさんの生徒の姿、阪神大震災を通して生み出されてきた数々の生活体験記録(作文)や短歌などを積極的に紹介してきた。生きることの辛さや喜び、仕事の充実感や達成感、家族や友だちを亡くした悲しみなど、この世を懸命に生きる生徒たちの姿があり、受講生の皆さんが若者の爽やかな感性で共感し、講義で提起された課題を真摯に受け止め臨んでくれたことは、授業者として大きな喜びである。

夜間定時制高校生が詠んだ短歌

講義でも学生に読んでもらった定時制高校生の数首の短歌を紹介する。

人間の死ぬより辛い生きること大きな根を張り負けずに生きる
阪神大震災で両親を喪った生徒が、荒んだ生活を定時制の学びで立て直して24才で卒業。

震災で隣家の家族がれき下埋もれた声と焼け野原
仲良しだった隣の家族5人全員が焼死。救えなかった悔しさと震災のトラウマから中学の不登校を経て立ち直りのために詠んだ。

母が死に父は失踪兄と俺夜学四年目今生きている
小学校5年時に母が癌で亡くなり、それがショックで父は失踪して行方不明になり一人で生きる決意を詠んだ。

俺は今大工の華咲く15歳足場に上がり破風板を打つ
中学校時代不登校であった生徒が大工の仕事で自信と誇りを取り戻した。

おっさんが首になった検品の作業任され頑張り通す
日系ブラジル人生徒。生活苦で崩壊寸前の家族を支えて定時制高校を卒業し正社員に。

定時制苦しみ悩んで辞めようと思った時の友の励まし
警察の世話になり退学を覚悟するも級友の支えで復学。人の役に立ちたいと結婚詐欺に遭った生活困窮の青年2人の生活を3年間支えて自立させた。

夜学来てやっと分かった身に染みる「普通の」「まともな」どうでもいいや
小中学校の不登校ひきこもり経験からアルバイトとの両立を果たして卒業。

定時制高校生の学び、生きることへの前向きな姿勢を紹介することなら私にできるだろうとの思いで講義を進めてきたが、若者が生きていく上での不安や葛藤は誰にでも共通してあり、生きることの困難、しんどさを抱えている学生が多くいることにも気づかされてきた。講義を通して出会った学生の思いや生き方を紹介していきたい。

学生の葛藤に寄り添う

講義では夜間定時制高校とそこで働き学ぶ生徒たちの生き方を多く紹介してきたが、当初受講生の中には、なぜ定時制なのかといった戸惑いや抵抗感もあったようである。だが、2011年度春学期に書かれた女子学生の次の感想文が、授業を進めるうえで大きな契機となった。なお、文中ビデオとあるのは、NHKテレビドキュメンタリー『31文字のエール』という、定時制神戸工業高校の生徒たちの働き学ぶ営みが短歌を通して紹介されたもの(2010年1月11日成人の日特別番組全国放送)。

家族の崩壊を支える          B学部 Bさん
短歌を書くことによって、心の中に秘めていた思いを誰かに伝えることができる、自分の中の心の闇を短歌という形で吐き出すことができることは素晴らしいと思いました。
私の家庭は、中学校の時に父が会社をクビになり、母は夜逃げして、兄妹4人いたのですが、一番上の兄は遊びまわって帰ってこず、2番目の兄は自閉症で家にこもり、一番下の弟はショックで中学でいじめにあい不登校になりました。その後、父もショックでうつ病になり、何もかもがドラマのような展開になってしまいました。その時、私も同情されたくないとか、どうせ私の気持ちなんて誰にも分からないだろうとばかり思っていました。しかし、ここで私がなげやりになったら、残された家族がめちゃくちゃになってしまうと思って、掃除や洗濯、弁当作りから、買い物食事の用意まで、家のことはすべて私一人でしました。
私には◯◯(スポーツ)の支えがありました。中学時代から◯◯に打ち込み、おかげで高校は全額免除でした。つらいことはたくさんありましたが、今こうして大学で勉強できているのは◯◯があったからで、とても幸せに感じています。
正直、先生の講義を受け始めた頃は、夜学生の話を聞いた時に不幸ぶっているのではないかと、心にもやもやした気持ちを持っていました。しかし、先生の話を聞いてビデオも見て、その人たちの気持ちが分かりました。私は自分の辛い話をするのが嫌いです。けれども、人に聞いてもらって心の中の何かが軽くなるという矛盾もあります。
その後、私の弟は不登校の子が学ぶ高校を卒業し、今年の春から大学の薬学部に通っています。私の後ろについて回ることしかできなかった弟が、この前の震災では積極的にボランティアや募金活動をしたりと本当に成長してくれました。母の失踪で心に溝があった弟も乗り越え誰かの役に立とうと頑張っています。夜学生の方も、辛かった経験を乗り越え、他人の方のために頑張れることは本当にすごいことだと思います。辛いことやしんどいことも自分と友だちとの交流で決まると思います。夜学生の皆さんや弟を見て、その大切なことを学びました。(2011年度春学期)

こうした学生がいることに私自身が励まされてきた。家族の崩壊を防ごうと女手一人で困難な家庭を支えるその姿に私の方こそ生きる勇気が与えられるのである。この感想文の半年後には、新たな事実が報告された。8年前に出奔した母が、駆け落ち相手の男性が病死したことで単身となり、彼女に許しを申し出てきたとのことである。自閉症の兄は、8年ぶりに会ったお母さんの傍に無言で寄り添い、母の片方の手を自分の両手で握りしめ続けたそうである。彼女は自分の気持ちよりも家族の幸せと再生を願っているのだと思い、込み上げてくるものがあった。
そして、この文章は彼女の承諾を得て、その後の講義資料として活用した。教員として、目の前の児童生徒の葛藤に寄り添う感受性を培ってもらうためである。学生の中にも生きる上での苦悩や困難、様々な葛藤を抱えている若者が多くいることを知ったが、これは、この講義を始める時には私自身が正直想定できなかったことである。定時制高校生に比べてあらゆる面で恵まれているだろうという私の勝手な思い込みがあって、その不明を恥じた。(続く)

Last Updated on 2020年10月19日 by manager

続きを読む
Back to top button
Close
Close