環境

兵庫県井戸知事発言に思う 大飯原発福井地裁差止め判決は「行き過ぎ」か?

田中 英雄

原子力発電所がこの地震大国日本に54基も存在するという狂気的所業も、「経済成長という病」に取り付かれた経済人には、その危険性があまり感じられず、原発ゼロの考えのほうが「非現実的」と映るらしい。
この度、大飯原発運転差止請求が認められたという画期的判決も考えてみれば、極当然の判決である。にもかかわらず井戸知事が「少し行き過ぎ」と表明し、それであれば自動車も飛行機も乗れなくなると為にするような発言をしている。原子力発電はいわば原爆を少しずつ核爆発させているわけで、そのコントロールが地震などで不可能になる危険性は自動車や飛行機と比較にならない。その比較がいかにも出来るかのようにいう態度はいかにも詭弁的である。原子力事故の広範囲性と何十年、何百年、何万年と大地と水と生物に及ぼす破壊力は膨大かつ深刻である。
そのようなことは原子力に携わる科学技術者でなくても庶民のほうが遥かに感じているかもしれない。まして神戸の北100キロにある小浜一帯の原発の存在は脅威である。
今回の判決はその脅威が250キロに及ぶことを知らしめてくれた。岡山県もすっぽり入ってしまう。若狭でフクシマ級の事故が起これば広島まで逃げなければならない。そのときの家族や保育園の親たち子どもたちはどうするのか”と考えるが、とても考えられない。
唯一考えられるのは原発を再稼働させないことではないか。恐らく兵庫県知事として井戸さんは我々県民のそのような不安を払拭するための発言であろう。
知事がこのような発言せざるを得ない、根本的原因は地震大国の日本中に原発をやたらと設置してしまった「狂気」にある。エネルギー問題を解決する手段として、まるで夢のような幻想を国民に振りまき、電源大消費地である大都会から遠く離れたところに設置することにより国民の眼から問題性を隠蔽し続けてきたが、もはや隠しつづけられない状況になって来た。
時間に遅れまいと走りこんできた女子生徒を鉄の扉で圧殺してしまったのは生徒の命より「生徒指導」という名の「狂気」ではなかったか。
「経済成長という病」は庶民の生活やいのちより上位に経済が来る。そのためには原発は欠かせないと思いこんでしまう。そのために14万人の福島の人々が県外に避難し、家族の離散や生活に苦しんでいる。
昨日、京都で子どもの本屋を営んでいるメリー・ゴーランドの店主の話を神戸こども総合学院のソウルタイムスに来ていただいてお話を伺った。一人ひとりの願いに沿った本を見繕って売っておられる。本当に珍しい本屋さんである。本屋は儲からない。儲からないから何でも売っている本屋が多すぎる。そして、ほんを愛してない人が本を扱っている。この頃学校の先生が本を読まないと嘆いておられた。
女店主の鈴木潤さんが「食っていければいいのよ」といわれたのが気に入った。
日本人の江戸時代の宵越しの金は何とかといういなせな気風を捨てていつから我々は「経済成長という病」に取り付かれたのだろうか。

Last Updated on 2020年10月14日 by manager

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