環境

悩ましいコロナウイルス感染の恐れの日々の中で

田中 英雄

 朝、保育園に行くと門のところで岸本さんが大人や子どもの手に消毒を吹き付ける仕事をしてくれている。私は3階から1階まで人が触れるところは消毒をしてまわる。家ではテレビ・新聞から最新情報を得て日毎に必要なことを書き込み門や各保育室の入り口に貼って廻る。
 遂に東灘の保育園が感染者が職員から出たので2週間休園させられる。一番避けなければならないことである。多くの人たちに大迷惑がかかる。
 この様な日々は直ぐには終わらないらしい。昔の人たちの受け止め方にヒントがあるように思える。人間のあり方への天からの告知として「天罰」と受け止める。現実的には亡くなる方も居る中でこの様な受け止め方は問題があるだろう。しかし、原因を隣の国のせいにするだけで済む問題ではないだろう。
 人間が不必要に生物や植物界に入り込み過ぎて新しいウイルスに感染する。科学技術の進歩で必要以上に航空機などで大量の人間が移動してウイルスを広げている。日本の観光業はインバウンドなくしては成り立たないらしい。
 地球温暖化やエネルギーの枯渇から考えればスエーデンの少女のグレタさんが学校を休んでまで走り回るほどの真剣さで一人ひとりが叫んで生活のありようを改めなければいけない緊急の時代なのに、皆他人事のようで「経済」が判断の基本になっているのではないか?「成長の限界」をローマクラブが出したのが 1972年。今日まで私たちはなにをしてきたのか?新しいウイルスの出現を天からの意志と受け止めなければならないのではと思う。多くの若い世代が都会を離れ食を自分の手で作り出すことで人間らしい豊かな感情が生まれてきたとのうれしい知らせを目にすることが多くなった。

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