環境

「たこ焼きキャンプ」ボランティア

- 洗濯機を回しながら考えたこと -

久貝 登美子

 「福島の子どもたちを招きたい!明石プロジェクト」主催の原発事故被災地に住む子どもたちの一時保養プログラム「たこ焼きキャンプ」は2011年夏に始まり、毎年7月〜8月にかけての約2週間、明石、神戸、姫路などで開催されてきました。
 2011年3月、刻一刻と拡がる放射能汚染のニュースが流れる日々、播磨地域でフリースクールやホームスクーリングなど公教育(学校教育)の外で子どもたちの学び、育ちにかかわる活動をしていた人たちが中心となって、保養キャンプへの取り組みはスタートしました。
 「保養キャンプ」(保養プログラム)というのは、放射能に汚染された地域の人たちが、一定期間汚染地を離れて過ごすことで、心身の疲れを癒すプログラムのことです。
 とりわけ子どもは、大人以上に放射能から受ける影響が大きく、被ばくの不安なしに外遊びができ、汚染されていない食べ物を食べることは、心身の健康や成長にとって、必要不可欠なことです。
 1986年に起きた旧ソ連ウクライナのチェルノブイリ原発事故後、高濃度の放射能に汚染された地域のあるベラルーシでは、子ども達の保養プログラムが国の事業として現在も続けられ、一定期間汚染地を離れ、汚染のない食べ物を摂取することで、内部被ばくによる放射性物質が体外に排出され、免疫力が高まるということが実証されています。
 福島原発の事故後、日本国内でも保養キャンプが多く市民の手によって行われてきましたが、国の関与はほとんどないのが実情でした。2011年に「子ども被災者支援法」ができ、原発事故で放射能汚染された地域から避難する権利や、子どもたちを保養させる義務などが法制化されましたが、長く予算がつかない状態でした。2014年に初めて予算がつき、福島県外での自然体験のために使われています。国や県は「保養」という名目では、補助金の申請を受け付けないということです。
 事故後5年が経ち、現在もなお炉心溶融を起こしたとみられる核燃料の状態もつかめず、発生し続ける大量の汚染水処理もままならないという状況で、事故が収束したとはとても言えません。にもかかわらず、福島では除染によって放射能の空間線量が下がったとして、年間被ばく線量20ミリシーベルトを基準に避難地域指定解除が行われ、復興の掛け声のもと、住民の帰還事業がすすめられています。この20ミリシーベルトというのは、もともと放射線管理区域で働く人のための基準で、そこにいる時間は制限され、食事をしてはならず、18歳未満は立ち入り禁止となる線量です。一般人の基準は年間1ミリシーベルトですが、これは安全基準ではなく、まあここまでなら大丈夫でしょうということらしいのです。放射線による影響にはしきい値はなく、どんなに少なくても、被ばくすれば影響を受けるというのが定説です。
 原発を推進してきた政府・産業界・学者といった「原子力村」の面々は、福島原発事故を反省するどころか、事故以前の「原発安全神話」を「放射能安全神話」にすり変えて、原発事故の影響を矮小化することに躍起となっているようです。事故後、福島の子ども達に甲状腺ガンが増えているにもかかわらず、事故の影響とは考えられないとする見解が出されたりするのは、何よりそれを物語っています。だから、線量の高い地域に住む子ども達に保養が必要だというふうには認めたくなくて、「自然体験」という話になるのでしょう。
 さて「たこ焼きキャンプ」に話を戻しますと、主催の「福島の子どもを招きたい!明石プロジェクト」の名前が示す通り、当初は明石公園内にある宿泊施設をベースに行われましたが、その施設が老朽化で取り壊されることになり、2014年からは、神戸、姫路でそれぞれ1週間ずつ滞在するというかたちになっています。毎年約30人の子ども達と保護者数人が参加しています。
 子どもたちの約2週間の生活を支えるため、多くのボランティアが参加しています。
子どもたちの「自然体験」プログラムは、もっぱら若者が担い、私のような年輩者は食事や洗濯など生活面でのボランティアをしています。年間を通してキャンプに関わる事務作業やキャンプ後も参加者との福島での交流など、事務局の方たちのきめ細かな活動には頭が下がる思いです。
 初めての「たこ焼きキャンプ」で迎えた子どもたちが、夏だというのに顔色が白かったことが印象的でした。それでも外遊びやプール遊びを存分にすることで、まったく普通の夏の子どもの顔になっていきました。
 「たこ焼きキャンプ」では、継続的な支援のためにリピーターを優先的に受け入れているのですが、中学生になると夏休みの部活を休めないという理由で参加しなくなるそうです。
 福島では、被ばくをめぐって、人々に深刻な分断が生まれていると聞きます。放射線をあえて気にしない人たちと、被ばくを少しでも減らそうと努力する人たちの間に生まれた壁。子どもたちを保養に出すのは福島の風評被害につながると批難する声さえあるそうです。
 核をめぐるドキュメンタリー作品を撮ってこられた鎌仲ひとみ監督の最新作「小さき声のカノン─選択する人々・Little Voices from Fukushima」を昨年の夏に観ました。移住する、しないというそれぞれの選択の中で、子どもを被ばくから守るために行動を起こした母親たちのドキュメンタリーです。その中で校庭に高い放射能汚染があるにもかかわらず、2011年4月にはいつも通り学校が始まったことに対して疑問や不安をなげかける母親に監督が「(学校に)行かなきゃいいじゃない」と言います。それに対し母親は「そうは思わなかった。学校って従わなくちゃいけない場所って思ってるんですよね。従って当たり前の場所ってみんなが思ってるから。少数派になるのは恐い・・・」と言うような、こんな意味の会話がかわされているシーンがありました。
 学校が人々の意識をしばり、子ども達に被ばくを強いているという現実が、その会話から、そして「たこ焼きキャンプ」からも見えてきます。
 原発事故によって放出された核種のひとつであるセシュウム137の半減期は30年です。それだけをとっても、まだまだ放射能汚染という現実とは向かい合い続けなければなりません。こんな世界をつくってしまった大人の責任としてせめて保養キャンプで子どもらしい時間を過ごしてもらうことは、フクシマを風化させないためにも続けていく必要があると思います。だから今年も、キャンプで洗濯機を回そうと思っています。

「たこ焼きキャンプ」についての詳細は、
ホームページ http://takocamp.sakura.ne.jp/index.html
ブログ    http://takocamp.exblog.jp/
全国の保養プログラムについては「3.11受入全国協議会」http://www.311ukeire.netをご覧下さい。

Last Updated on 2020年9月21日 by manager

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