エッセイ

ミツバチと私

公庄 れい

私はこの6月現在、82才6ヵ月生きてきた。こんなに長い間生きていると思いもかけないことに出会う。その一つがミツバチである。
10年ほど前私は膝の痛みをかかえてしゃがむのが一苦労で、しゃがむ作業の多い田舎暮らしでは困ることが多かった。そんな時友人から蜂針療法を教えられ、ためらうことなくそれに従ったのである。で膝は日常生活には差し支えのない程度に治ったのだが、治療を受けているうちに蜂そのものに関心を持つようになった。蜂針療法は明治時代、欧米から管理しやすく採蜜量の多い西洋ミツバチの輸入と共に入って来た療法だという。
西洋ミツバチはアフリカ、中近東、ヨーロッパの原産であり、ヨーロッパでは古くから民間療法の一つとして蜂針療法が伝えられてきたのだという。西洋ミツバチと人との関わりは有史以前からのものらしい。スペインのバレンシアの洞穴には今からおよそ一万年前の新石器時代に描かれた壁画がのこっており、蜂の巣から蜜を採っている人が描かれている。─「ミツバチの世界」ー坂上昭ー(岩波新書)
ヨーロッパにはミツバチを私たち日本人よりもずっと身近に感じる文化が存在してきたようである。
さて私たちの国には、日本ミツバチと呼ばれる野生のミツバチが存在するのである。紀州熊野地方は古来有名な蜂蜜の産地であり、初代紀州藩主もいち早くこれに目をつけている。甘味料として使う以外に丸薬への用途が多かったようである。
日本ミツバチは大木の洞などに巣を作っているが、分封の折り分かれた蜂の群れを手持ちの箱に取り入れて飼う事ができると物の本には書いてある。
へぇー、自分で蜂を飼えるんや、毎年初夏梅もどきの小さな花が咲くとたくさんの蜂が集まってぶうーんとモーターのうなぎ声のような音がする。近くに養蜂家はいないからあれは日本ミツバチだ。このミツバチを私は飼うことができるのか。分封した群は決して刺さないと本には書いてある。が、あのミツバチの固まりの中へ手を入れることが出来るか。それは出来ないと悲観している私に本は又希望を与えてくれた。キンリョウヘンという蘭の花を箱の側に置いておけば、その花の出す、女王蜂のフェロモンと同じ匂いに引かれて蜂は集まって来て箱に入るというのである。但しその花は普通の花屋さんには置いていないとその蘭の写真が載せてある。その写真を見て私は日本ミツバチとの宿命的な縁を感じたのである。
以前近所に仲良く付き合っている奥さんがいた。花が大好きなその人は暇さえあれば庭で花の手入れをしていた。その人のお連れ合いは「うちの女房は花の精なんですよ。女房が世話したらどんな花でも元気になる」と私に言われた。お二人とも私の大切な友人だったが亡くなられて久しい。その奥さんがある時一鉢のシンビジュウムを持って来て「この蘭は原種なので寒さに強く家の外に置きっ放しでも平気なのよ、時々油粕をパラパラッと撒いてやれば良いの」と言って置いていった。彼女が私にくれた花はそれだけである。私はその花が欲しいと言ったわけでもない。が戴いたからには枯らせるわけにはいかないと思って教えられた通りに手入れしているとどんどん増えてくる。それで株分けをして3鉢になっていた。そのうち私は忙しくなり鉢を見向いて見ることもしない歳月が10年以上も経ってしまっていた。
が、日本ミツバチを呼び寄せるというキンリョウヘンの写真と私の放りっぱなしの蘭の花がそっくりではないか。そしてそれは正にキンリョウヘンだったのである。(つづく)

Last Updated on 2020年10月13日 by manager

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