ガン様こんにちは

爪の色 他

匿名希望

爪の色

2006年1月27日

 抗癌剤治療副作用のひとつである爪の色も手術の頃まで黒に近い紫色をしていたのが、少しずつ少しずつ色が戻ってピンク色になってきた。爪の伸びるのも気のせいか早くなったような気がする。このようにして細胞が元気になるのは嬉しいけれど癌の細胞も元気になるのかしらと医師に質問したら「それは関係ないよ」と目をしっかりと見て断言してくれた。こんな幼稚な質問にもきちんと答えてくれて安心をする。癌にはかかっていても病理は素人。医師や看護師それぞれの専門家が適切な診断、助言、治療をしてくれることによって安心感が湧き、安定感とつながり、回復の力になる。もちろんその日その日、落ち込んだり、浮かび上がったり、起伏はあるけれど少しずつ元気になっているように感ずる。癌と診断されてちょうど1年がたつ。去年の手帳を見ると毎週のように病院通いで、種々の検査の連続。これからは、2ヶ月に1回の検診でよくなった。まずはひと段落だろうか


選択

 一昨年の10月、右乳房のしこりが大きくなっているのを感じ、職場近くの病院へ行き、癌の疑い有。手術の一歩手前まで来て、友人の紹介で、今の主治医と出会い、温存手術をすることになり、抗癌治療の3回目までの入院をその病院で行い、4回目からは最初の病院、つまり職場近くの病院へ主治医が乳腺科の嘱託医として転院されたので、そこで通院の点滴治療が6回目まで、摘出手術入院。放射線治療通院とその病院で受けることになった。
 去年暮れからの検診は、そこから一駅先の主治医が勤務する病院の乳腺科へ。そこも近くて便利である。いったいこの偶然は何なのだろう。不思議としか言いようが無い。主治医のK医師は、長年外科部長をして来られたベテラン医師である。一昨年の10月、外科部長を辞め乳腺科の嘱託医になることを決められたらしい。去年の1月、職場へ公表。ちょうどその同じ頃に転院する予定の病院から紹介状を持って、外来に来たのだから変な感じだったことだろう。1回目の抗癌治療で入院する直前に「知っていましたか」と聞かれた。「いえ、まったく知りません」答えた私も驚いた。偶然と言う必然だったのだろうか。
 震災で多くの人が亡くなったにも関わらず生き残り、こうして乳癌になり、これから先のことはわからないにしても、今日まではこうして生きている。右手に多少の痛みはあり、鋏で紙を切ったり、パン屋でパンをトングで挟むのに不便を感じたり、小銭を小銭入れから出すのに不便を感じたりしてはいるけれど乳房は残り、外からはほとんど健常者と変わらない。乳房が全てでは無いけれど、有ると無いでは大分違う。全摘の画像を検索して見比べて欲しい。どちらにしても再発の可能性は同じだとすれば、温存を選ばれるのではないでしょうか。私が死なずに生き残ったのは何故か?その理由はわからないけれど、今体験していることは少なくとも皆さんにお伝えすることはできそうです。

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