追悼集会

2014 石田僚子さん門前追悼集会開催にあたっておもうこと

元高塚高校教員 高橋 智子

高塚高校校門事件からはや四半世紀が経ちました。その間、学校事故は次々と起こってきました。
校門事件から10年目の1999年、川西市立中学校熱中症死亡事件は起こりました。
「走れ!」
「走られへん」
「走る気あるんか」
「あるけど走られへん!」
朦朧とする意識のなかでフラフラしながら走り出した。
「先生!足が痛・・・」
けいれんしている足先を指で示した。
「しんどいフリするな!演技は通用せん!」
自力では一歩も進めず崩れ落ちそうになるのを、先輩たちに両手を引かれ背中を押されて走りきった後、倒れた。」
「甘えるな!14年間でこんなやつ見たことがないぞ!」
顧問教諭・本山の容赦ない言葉がとんだ。
「イヤや」
健斗の最後の言葉である。
――「先生はぼくらを守らない―川西市立中学校熱中症死亡事件」――
宮脇勝哉・宮脇啓子 著より

両親は二人とも教員で「健斗の真実がほしい。」となりふり構わず突き進んできたそうです。世間の風評や、学校側の事件後の対応の悪さに二重三重に痛めつけられ、追いつめられた末、川西市子どもの人権オンブズパーソンに人権救済を申し立て、オンブズパーソンは川西市に対して「勧告・意見表明」を出した。民事訴訟では、過失相殺10対0で全面的に顧問に過失があるという判決が出された。刑事事件では、「告訴」「不起訴」「検察審査会の不起訴不当の議決」を経て、2004年4月26日顧問教師に「業務上過失致死罪」の処分が出され、5月10日に確定した。これで法律に関する手続きが全て終った。どれも「当然」の結果であるが、これまでの学校事故に関する通例では、難しいとされることであった。
宮脇さんご夫妻は真実を詳らかにすることで、学校事故・事件の現実と学校・教育委員会・教職員の幻想を伝えることができればと思ったそうです。この本を読みながら私は高塚高校門扉事件の時のさまざまな場面をリアルに思い出し、僚子さんのご両親の心情を宮脇さんご夫妻の心情に重ねました。そして10年経っても何も変わっていない学校・教育委員会・教職員の対応に絶望感を抱きました。
そして、改めて、学校は何をする所なのか、教員は何をする人なのか、教育委員会は何のためにあるのかと思わずにはいられませんでした。
2014年7月6日の石田僚子さん追悼集会が市民一人一人の教育に対する問題意識につながればと思います。

Last Updated on 2020年10月19日 by manager

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