追悼集会

石田僚子さん追悼講演感想

今年の追悼講演は、全国学校事故・事件を語る会で活動をされておられる西尾裕美さんのお話しを伺いました。西尾さんの長男で兵庫県立伊丹高校1年生だった健司君は、定期テストでカンニングを疑われ、校長をはじめ4人の教師から長時間にわたり着席することも許されない軍隊のような取り調べを受け、無期限の自宅謹慎の後、教師による体罰のストレスが原因である喫煙のために再び無期限の自宅謹慎処分を受けて自死させられました。兵庫県教育委員会は自死と指導の因果関係を認めず、文科省へも原因不明の自殺と報告しています。毎年500人にのぼる子どもの自死者の中で、およそ200人の子どもが教師の叱責で自死させられていますが(教師の叱責による自殺というのは 文科省の中では無いことになっていますので、統計上は0となっています。)、その下には、亡くなってはいないけれども、今もPTSDに苦しめられ、学校を辞めざるをえない状況に追い込まれている子どもたちが多くいます。

体罰は「感情のはけ口を求めた教諭の単なる暴力」(龍野市少年体罰自死事件判決)であり「犯罪である」(桜宮高校体罰事件判決)と定義されています。指導というものは、目的と方法、結果が正しくて、初めて正しい指導と言えるのであり、その結果が自死ということであれば、その指導は間違いであり、その問題を探すという方向にいくのが教師の役割であり、いじめの問題も、最終的には教師の指導の問題であり、教師が双方に対してちゃんと対応していれば重大な事故にはなりませんし、自死や不登校などにもならないはずだと指摘されていました。しかしながら、学校の現状は、担任のクラスの生徒の親に対して「私は教師になんかなりたくなかったけれども、親のコネを使えるから教師になってやった」と言い放つような人格的に問題のある教師が多く、優れた教師が退職を余儀なくされています。このような環境で幼い時から先生に怒られないように睨まれないように空気を読むことを強制されて育った人は、物事を自分の頭で考える習慣がないために従順な国民として重宝されますが、グローバルな社会においては存在価値を認めてもらえません。自分の子どもが事件の当事者ではない人も、関係ないからと問題を放置するのではなく、全ての子どもたちのために悲しい思いをさせることのない社会の実現に努めてもらいたいと思います。

Last Updated on 2020年10月7日 by manager

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