追悼集会

「指導死」に思う

堀 蓮慈

学校は、人権を守るようにはできていない。立法、行政、司法の三権をすべて握った上で、警察、検察、裁判すべてを教師がやる、こういうシステムでは権力の暴走は防ぎようがない。「暴君の民は君より暴君なり」で、いじめが激化するのも自然な成り行きやろ。立法と司法は生徒の合議体に譲り、生徒が決めたことを人権を侵す(いわゆる「人権裁判」になったりして)場合のみ教師がチエックするようにした方が、教師も楽やろに。

生徒に任せたら混乱する、という恐怖があるやろけど、デモクラティックスクールは数十年間ちゃんと動いてきてる。試行錯誤はあっても、それによって生徒は民主主義を学ぶんや。今の日本の学校では、生徒は「民主主義というんはタテマエで、結局力の強いもんが勝つ」いうことを身をもって学び続け、「学習性無力」の状態に陥ることでファシズムに道を開いている。自民党の教育政策はみごとに成功したわけや。

そんな既存の学校に子どもを行かせるなら、「嫌なことがあったら我慢したらアカン。すぐ親に言うんやで。学校なんていつでも休んでええんやから」いうことを言い聞かせておくべきやろな。フリースクール運動も30年を過ぎ、学校以外の行き場所はいくらも用意されてるのに、いまだに自殺者が出るのを実に無念に思いつつ。合掌。

Last Updated on 2020年10月8日 by manager

続きを読む
Back to top button
Close
Close