門前追悼

7月6日

所 薫子

 今年もまた7月6日が近くなってきました。
あの日から毎年、この日の朝が慌ただしくなりました。いつもより1時間早く起きて、朝食の準備をし、洗濯物を干し、弁当を作って、夫と子どもを送り出し、鏡の前で化け、さあ出発! 8時30分に間に合うように、友人を誘って車を飛ばします。
遅刻をしないように早い目に出るには出るのだけれども、何故か毎度道に迷ってしまいます。1年の間に道が様変わりして、目印にしていた大きな木や古い日本家屋等がなくなって立派な道路が通っていたり、無機質な、どこも同じように映る町並だったり、およそあの角に確か三毛猫が寝ていた・・式の道の覚え方でスムースに着いたためしがありません。
すったもんだの末、高塚高校の前に着くと、門の前には沢山の人がもう集っていて、真っ赤なカーネーションが並べられ、野の花や庭の花たちも供えられています。毎年七夕のようにここで会うことのできる方々の顔も見えます。高塚高校の学生が校門の内側へなだれ込むように入っていった後、それぞれの思いをこめて焼香がしめやかにとりおこなわれます。
あの事件から早くも7年の歳月が流れ、あの時中学生だった我が子は成人したけれど、僚子さんは亡くなられ、生きてもどることはありません。あの事件の後も子どもや学校をとりまく悲しい事件は後をたちません。ちょうど今も恐ろしい事件の報道が毎日伝えられていますが、学校に遅れまいとして飛び込んで殺されたこの事件は忘れることができません。
戦争を体験した人が何年たっても戦争が終わらないように、私にとってはこの事件が子を持つ母親として何年たっても、というか、むしろ時がたてば経つ程、遅れまいとして必死に登校した学校や、いろいろ子ども達を取り巻く現実を知りながら何もしない私達に殺された、この事実がありありとせまって来ます。
今年の7月6日は、ちょうど日曜日。せめて今年こそは遅刻しないで到着したいものです。

Last Updated on 2020年8月22日 by manager

続きを読む
Back to top button
Close
Close