門前追悼

24回目の朝

所 薫子

空梅雨が続く日曜の朝、西神中央駅から続く並木道はカラカラに乾き、枯れ落ちた葉が両脇に溜まっていた。雑草も枯れて、落ちた木の実も枯れていた。薄曇の例年より涼しい中で追悼が行われた。校門脇の桜の木は更に大きく茂り、時計塔の8時30分を示した文字盤さえ遮っていた。黙祷後、それぞれの思いを語り、次に東京から駆けつけた中村羅針さんのギターの演奏とうたが流れた。「〜時計仕掛けの人間達よ」という言葉が殊更今年は身にしみた。路上で歌われ、そのお金で1本、1本、選び抜かれたカーネーションを毎年24年間、東京から神戸まで運び続けておられる羅針さん。なかなかできることでは無い。
大きな声で叫ぶわけでもなく、拳を振り上げるでもなく、ただただ毎年、24年前の「7月6日の朝、7時29分まで生きていた命」石田僚子さんを思いながら校門前に集う私たち。どんな美辞麗句を並べても学校へ入ろうとして教師の押した門扉で殺された事実は変わらない。私たちは後、何年ここに集うことができるだろうか。体力の続く限り、生命の続く限り、7月6日の朝、8時30分には高塚高校の校門前に佇み続けることができればと願う。

Last Updated on 2020年10月7日 by manager

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