門前追悼

25回目の朝

所 薫子

連日の雨で、たっぷりと水分を吸収した並木が生き生きとして、ゆっくりと校門までの道を歩く。歩く人はまばらで、本を読みながらでも歩けそうな雰囲気だ。20年前頃には考えもつかないことだ。町はできたばかりで無味乾燥で、並木は小さく、歩道は学生で溢れかえっていた。走ることさえできずゾロゾロと人の流れが続いていた。例年通り追悼式が静かに執り行われた。25年目ということで、報道関係者が多く目についた。
この数か月後に色々な法案が通るとは、その時には夢にも思わなかった。まるでクーデターなのにそれも押し流されて、まるで何事も無かったように夜が明けた。
日本が植民地であることをこの歳になって初めて理解した。肝心なことは何も知らされず、知ることもできずに、沖縄に何もかも押し付けて、民主主義とは名ばかりで、権力と金力だけで動いていることを知った。子どもたち、孫たちが私の年齢になる頃には地球はどうなっているのだろうか。まったく見えてこない。この期に及んで私には何ができるのか。石田僚子さんの死から見えて来るものを改めて見つめたい。

Last Updated on 2020年9月26日 by manager

続きを読む
Back to top button
Close
Close