校門改修公金支出賠償請求訴訟

10月30日判決言渡公金支出賠償請求事件判決文を読んで

所 薫子

 あーあ、こんな時、水戸黄門なんかがいてくれたらなって思う。「エイ、エイ頭が高ーい、頭が、この紋所が目に入らぬか。」なぁんて言ってくれたりして、「ヘッ、ヘーッ。」ってんで一件落着。不条理な裁判は、こうでもしてもらわないと良い解決を見ない気がする。
 いったい世の中は、どれ程民主的になったのだろう。『三権分立』なんていうのは、ウソ。『ペンは剣より強し。』てのもウソ。ただ言いたいことだけは、言えるというのは、昔よりもマシかも知れない。でもその内それもままならなくなって、一人一人バーコードか何かあって、図書館で借りる本も、本屋で買う本も、発言も、行き先きまでも、すべて記録されて、「あいつはヨカラヌ行動が多過ぎる。抹殺せよ。」なんて世が来ないとも限らない。
 朝登校した息子が、「定期買うの忘れとった。お金、おかね。」と慌てて帰ってきた。(アホ、前の日に買うとけばいいものを)という言葉を呑んで、サイフを取り出し、「あー1万円しかないワ。」と渡した。それをひっつかむと息子は又走って行った。前日は祭日で、親子してコロッと忘れたのである。走り去った後で、行きの分だけでも小銭を渡しておけば良かったと思ったが、後の祭り。帰って聞いてみると案の定遅刻したそうである。でも何事もなく無事帰宅した。誰しも人間、いろんな事がある。電車の中でお腹が痛くなることだってある。定期を忘れることだってある。「何事があっても間に合うぐらい余裕を持って出よ。」と言われれば、返す言葉もない。元気に登校した我が子が死んで帰ってくるなんてしかも遅れまいとして飛び込んだ門扉に挟まれ殺されようとは、どこの親が考えるだろう。
 今年1月17日想像だにしなかった地震で、私達はかつてない経験をした。身近な人を失った人もいる。散髪にも行けず、それどころかおフロにも入れず、何日かぶりで登校した学校で、「1分遅刻した。」だの「制服を着ていない。」だの「髪の毛がボウボウ」だの言った教師がいただろうか。生きていることを確認し合って互いに喜んだのではないだろうか。いかに普段言っていることがバカ気たことだったか、人間の生命の前に他のことがどれだけささいなことか知ったことだろう。
 先日息子が「今日学校のすぐ近くで、交通事故があって、朝練(クラブの早朝練習のこと)の子は、血がダーッと流れてる上を通ってんて。」と話してくれた。しかしその後、〝事故のあった現場を踏みしめて登校させることは望ましくない〟として改修工事をしたとは、聞いていない。
 判決文の30ページを見ると〝一年七組代表の生徒らは、・・・異議がないとの返答をした。〟と又同31ページにも〝高塚高校の職員会議において・・・・反対意見は出されなかった。〟と書いてあるが、日頃から反対意見なんて出せるような民主的な話し合いの場が確保されていたのだろうか。
 判決文を上っ面だけ読むともっともしごくとうなずきたくなるが、そのシカツメらしい文章の裏に、不条理が沢山隠されている。そして、その不条理に平民はどう立ち向かうことができるのだろうか、まだまだ一生目を話すことができそうもない。

Last Updated on 2020年8月22日 by manager

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