校門改修公金支出賠償請求訴訟

橋本幸子さんのお手紙

 裁判官の判決を聞いていると空しいことが多い。行政や医者、大企業を相手に訴訟をおこしてもまず勝つことがない。しかし、これでよいのだろうか、国民の関心をもっと司法行政にあつめ裁判の傍聴を積極的にして、裁判批判の声をあげなければならないと思う。国民の何%が今度、最高裁判所長官が更迭されたことを知っているだろうか? その最高裁判所長官の任命は誰がするのかということも無関心であってはならないと思う。
「十月三十日の判決文」を読んで落胆した。主文を読みあげた裁判官の表情はしらけていた。
 国民の税金を不当に使用し、いたましい事件を風化させて、自らの責任をのがれるために門扉を改修し、校庭の模様がえを行った。その行為を教育的配慮であり校長の権限として認めた判決に驚いた。理屈は何とでも言えるものである。これでは、管理教育の犠牲になった石田さんの霊は浮かばれない。
 教委・校長の無責任を厳しく問うものでなければならない筈の裁判で、これでは教育の現場で働く教師は校長のいいなりにならなければならず、その指導をうける生徒も気の毒だ。裁判官の良識が問いたい。
 段々住みづらい国になってゆきます。
 驚天動地の年のはじめから、私は疲れてきました。
 けれど、この裁判を続けている粘り強い人たちにはげまされて、生きています。かろうじてー

 今後ともよろしくご指導下さい。

 一九九五年十一月七日
              橋本 幸子

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