少年犯罪

イギリスの少年裁判と日本の少年裁判 子どもにとって、どちらが得か?

弁護士 峯本 耕治

 神戸の事件以来、あい変わらず、子どもによる犯罪や少年裁判が社会の注目を集めています。
 イギリスでも、1993年に、神戸事件と同じような、子どもによるとんでもない重大事件が発生しました。「10歳の少年2人が、母親の前から2歳の赤ん坊を連れ去って殺害し、鉄道の線路の上に横たえ放置した」という事件で、赤ん坊の名前をとって、バルジャー事件と呼ばれています。神戸事件の報道でも紹介されていましたので、聞いたことがある人もいるかも知れません。
 この事件では、犯人の少年2人に対して、終身刑を求める激しい世論が湧き上がりました。少年裁判が開かれている裁判所の前で、市民による終身刑を求めるデモ行進が行われたとのことですから、その激しさは私たちの想像の範囲を超えています。
 そして、判決は、なんと、17年の施設収容処分です。わずか10歳の子どもが刑事裁判にかけられて、17年の収容処分が科せられるのですから、その厳しさもまた、日本では考えられないものです。
 子どもに刑事処分を科すことができる年齢のことを刑事責任年齢と言いますが、日本の刑事責任年齢は14歳(しかも、大人と同様の刑罰を科すことができるのは16歳以上)であるのに対し、イギリスは10歳です。
 このイギリスの刑事責任年齢の低さは国際的に見ても特別で、国連の子どもの権利委員会からも引き上げるように言われているのですが、イギリス政府は引き上げるつもりは全くないようです。
 もちろん、イギリス国内にも、この刑事責任年齢の低さや刑罰の重さをめぐっては、子どもの権利の観点から、激しい批判や議論があります。しかし、いずれにしても、日本と比べると、少年犯罪に対する姿勢には、はるかに厳しいものがあります。
 この厳しさは、少年裁判にも現れています。イギリスの少年裁判は、大人の刑事裁判と、ほとんど異ならない雰囲気や手続のもとで行われます。法廷の大きさや配置も、大人の裁判とほとんど変わりません。検察官も立ち会っています。大人と同様の刑事手続上の権利が保障されている反面、手続も定められたルールに従って淡々と進められます。

 このように書きますと、イギリスの少年裁判は、子どもに厳しい、冷たい印象になってしまいます。確かに、そういう側面があることは事実なのですが、イギリスの少年裁判を見ていると、それだけでない何か、「子どもの権利を保障する」ということの意味を考えさせる何かがあります。
 うまく表現できないので、少年裁判の様子を簡単に紹介したいと思います。
 住居の近くに少年裁判所がありましたので、裁判所の許可をもらって、何度か傍聴に出かけました。一日に何件も裁判がありますので、長時間見ていると、色々な場面に出会います。
 5件の万引(窃盗)を理由に裁判にかけられた12歳の少年の話です。12歳はイギリスでは中学1年生の年齢です。
 少年は、裁判官から5件の万引の事実を認めるかどうかを確認されて、「有罪であることは認めますが、2番目の万引の品物の一部は友達が盗んだものです」と答えました。全く物おじすることなく、堂々としたものです。
 犯罪事実の一部の否認なのですが、もともと万引という軽い事件ですので、どちらにしても、処分には影響しません。そのため、検察官、弁護人、裁判官の間で、「少年が認めれば、すぐに裁判を終わらせることができる。その方が少年にとって良いのではないか」とか、「一部でも裁判を取り下げるためには、検察内部の手続が必要になる」などとのやりとりが行われましたが、最終的に、検察官が一部の取下をを検討するために裁判を延期することになりました。
 この時も裁判官の少年に対する説明が、何とも素敵なものでした。
「今、もめていたのは、あなたの責任ではありません。私たちは、あなたに、やっていない犯罪をやったと言って欲しくないので、検察官がどうするかを決定するために、正義(ジャスティス)のために、一回、裁判を延期します」
 この説明を聞いて、少年が、当然といわんばかりに、大きくうなずいていたのが、大変印象的でした。
 この裁判に限らず、裁判官が少年達に語りかける言葉は、大人に対する言葉と同様に丁寧なものでした。多分に英語という言葉の性格が関係しているかも知れませんが。
 少年たちの受け答えもはっきりとしていて、言いたいことを堂々と口にします。裁判官も注意すべきごとは厳しく指摘しますが、少年の言い分に対しては、特に感情を害したりすることなく、当然のようにサラッと受け止めています。

 このイギリスの少年裁判の雰囲気は、日本の少年裁判とは、かなり違います。
 うつむき加減の少年が、裁判官からの質問にぼそぼそと答え、裁判官の説教を黙って聞いている。これが日本の少年裁判の一般的なイメージです。
 少年の健全育成のために、裁判官が子どもの保護者の役割を果たしていて、少年がきちんと聞いて反省すれば、処分は軽いものとなる。
 これに対し、イギリスのやり方は、子どもであってもできる限り大人と同様に扱う、そのための権利も保障し、子どもも自分の権利や言い分はきちんと主張できるようにする。その代わり問われる責任も大人と異ならない。
 極端に言えば、こんな感じでしょうか。

 この日本とイギリスの少年裁判の雰囲気の違いは、学校における教師と生徒の関係についての違いと、共通したものを感じます。
 以前にも書いたかもしれませんが、イギリスの教育制度は、日本と比べて「子どもを早く大人にするシステム」を含んでいますが、イギリスの少年裁判は、やはり、このイギリスの教育制度を前提としてはじめて成立し得るのだと思います(というより、イギリスの文化そのものかも知れません)
 「子どもの権利を保障する」とは、どういうことなのでしょうか?

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