石田僚子さん追悼10周年記念文集

神戸高塚高の校門圧死事件 この1年の動き(報道)

(1991年(平成3年)7月7日付 新聞報道)

【1990年】

7月6日 県立神戸高塚高校の校門で、登校時刻ぎりぎりに登校してきた1年生の石田僚子さん(15)が、細井敏彦教諭(39)=いずれも当時=の閉めた鉄製門扉とコンクリート製の門柱にはさまれ、脳挫傷で死亡。
10日 日弁連が「人権侵害の疑いがある」として独自調査を決定。
12日 学校側が県教委に事故報告書を提出。
14日 学校側が、保護者会で陳謝。大阪、神戸などの市民グループが独自調査を始める。
18日 細井教諭が書いたてん末書が明らかになる。この中に「10、9、8とカウントダウンを始め、『5秒前、閉めるぞ』と言って門扉を壁まで押し切って閉めた」との記述があった。
23日 全教大会で校門圧死事件を討論。
26日 県教委が、学校関係者や県教委幹部ら計6人の処分を発表。細井教諭は懲戒免職に。
8月1日 石田さんの両親が、細井元教諭を傷害致死罪で県警に告訴。
辞職した野村穆夫校長の後任の衣川清馬・新校長が着任。
3日 県警が細井元教諭を業務上過失致死の疑いで、神戸地検に書類送検。
4日 日教組が、校則や生活指導の見直し運動の全国的実施を決める。
29日 文部省が、全国の都道府県教委に高校の高速の点検を指示。
9月1日 学校が校則の見直しを実施。
6日 石田さんの遺族と県教委との間で、補償交渉が始まる。
14日 神戸地検が、細井元教諭を業務上過失致死の罪で神戸地裁に起訴。
17日 保利文相が、全国の都道府県教育長らに生徒指導の点検を要請。
22日 学校が、事故のあった門扉近くの石田さんの祭壇を撤去。門扉の撤去は地検の「待った」で凍結。
11月13日 県が石田さんの遺族に6000万円を支払うことで示談が成立。
26日 神戸地裁で初公判。

【1991年】

1月29日 第2回公判で、野村前校長が検察側の証人として出廷し、校門開閉の危険性を教師に注意していたことを認めた。
2月28日 「門扉を撤去しようとするのは違法」として、市民らが公金返還を求める住民訴訟を神戸地裁に提訴。
4月16日 第4回公判で、当時の生徒指導部長の教諭が「細井被告の門の閉め方が危険と指摘する声が以前からあった」と証言。
6月28日 第6回公判で、当時の生徒指導長が「私は校門を完全に閉め切らなかった」と証言。

Last Updated on 2020年8月24日 by manager

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