石田僚子さん追悼10周年記念文集

神戸高塚高校にて追悼会の帰り道で考えたこと

いなだ多恵子

 昨年の秋に娘の保育園で行われた運動会のことで非常に不快に感じたことがありました。小雨模様の中で、運動会は決行されたのです。ところが断続的に激しくなる雨に戸惑う園児や父母(この雨が降る中でやるの)の思わくを無視されるように黙々と競技や演技は続けられました。そして、ドシャブリとなった頃に「親子フォークダンス」が始まりました。曲に合わせて並び、行進を促す保母と嫌々ながら従う園児と親。半袖に短パンの4•5歳児には苛酷な条件だったことは否定できません。…当時すでに泣き出している子供もいた。この時に、子供に傘をさし演技に参加しなかった親子は1組だけ(私達)でした。そして、やっとこの演目半ばで中止となり、と同時に園舎に皆走りこんだのですが、着替えながら子供達は紫色のくちびるをふるわせていました。
 子供たちは、大人からまわりと違わないこと、言われたことは守れるようにと常に言い聞かされ、一方で大人は子供の気持ちや意見をほとんど聞かずに育てます。そして、大半は自己を出せない他人まかせの人として成長していきます。その大半の人たちは偏差値でも平均的な高校へ入学して行きます。彼らは中学でも、高校でも常に、個人としてではなく、大ぜいの囲いの中で育てられます。高塚高校はそういう囲いの中で育てることを機械的に行っている平均的な高校であったわけです。その日本独特の教育の中に組みこまれた石田僚子さんと、直接彼女を死亡に至らしめた行為者である教師も、ある意味ではその背景にあるものの被害者であると思います。
 保育園の事件も同様に、親と保育者は園児に対し加害者であり、被害者になっていると思います。今、中東で戦争が始まりました。私は、親が子供を戦場に送り出す情景とだぶります。どんなに嫌だと思っても周囲の矯正に反して身を守るのは自分の意志を持つ本人です。『規則を守る』のと『我身を守る』ことは質が異なります。
 自立した、主体性をもった生き方ができる社会人となる人を育てていく助けをするのが教育なら、高塚高をはじめとする大半の日本の教育の在り方は大きく誤っています。それだけに、親は子どもにとって最後の砦になると思います。
 高塚高での事件については、東京や京都に住む友人から「地元の私はどう考えているのか」と「その後について」の問いに私は充分に答えられていません。
 12月6日は、追悼会に参加したいので勤め先の高校で時間割変更を依頼しました。
そして、振替授業に遅刻しない様に途中で抜けて、教育の場へ身を置いたのです。

   1991年1月20日  河野 多恵子(神戸市垂水区在住)

 このときの娘は中学3年になった。10年前の状況と何が変わったのだろう。教育環境と社会の歪みに具体的な改善が見いだせないまま生きている自分がいる。
 この世に生まれたこと、そのものが素晴らしく尊いことであり、決して「教育」につぶされることなく力をつけていける様な21世紀にしていけるだろうか。僚子さんの命があったことは忘れない。

2000年6月11日
いなだ多恵子

Last Updated on 2020年8月24日 by manager

続きを読む
Back to top button
Close
Close