石田僚子さん追悼20周年記念文集

みんなちがって、みんなええ

おーまきちまき

 あれから20年ですか……。当時、24歳、教員養成の学校をぎりぎり卒業したあと、印刷屋さんの事務員さんにやとわれて右往左往していたころでした。ニュースをきいて、なんと、ひどい! と憤りをおぼえましたが、所さんやみなさんとであえるのはずうっと後になります。
 息のながい活動をじわじわとかさねてこられたこと、ほんとうにあたまがさがります。
 中学生時代には丸刈りにも違和感を感じない、従順なおとなしい学生だったとおもいますが……。
 いろいろ紆余曲折あって、「障害児」教育のほうへすすむのですが、入学前から不良?「障害者」と出会ってしまって、授業をさぼって介護いったり、生活史の聞き取りやら、キャンプ・レク活動や……といったことにまきこまれていったのでした。
 かれらは、養護学校はあかんねん、といってて、なるほどそうやなとおもうと、「教育」じたいがどうなんかな、と、はてな、が芽生えてきて、不登校、とか、フリースクール、とかが気になってて、卒業後は、とりあえずの就職でした。
 その後会社やめて有機野菜の八百屋ではたらいたりバンドやったり。身内には「ひきこもり」状態のひとがいて。
 地震では実家はたいした被害ではなかったけれど、またいろいろ紆余曲折あって……。
 いまはうたいながら、介護いきながら、神戸オレンジの会(「ひきこもり」とよばれるひとや家族の会)の居場所の世話人をしています。
 うちが酔っ払うとついでてくる「Hくんばなし」というのがあって、かれはめっちゃいわゆる「重度」というひとなんだけれど、かれをかこんでみんなあつまったらば、なんかすご〜〜〜〜〜いいおもしろかって、ああ、いきているってこうゆうことなんかあ、とおもったことがあって、ことばにしたら、ちがうくなるねんけど、そこらへんがむつかしいねんけど、なんかそういう、みんなちがってみんなええ、というふうに、ほんとうに、なっていけたらええな、とおもうんです。

(おーまきちまき シンガーソングライター)

続きを読む

関連記事

Back to top button
Close
Close