少女・十五歳から十七歳・少年まで

ー子どもたちを取り囲む社会空間の歪みー

森池 豊武

 教育・指導の名の下に、教師によって十五歳の命が断たれた「神戸高塚高校校門圧死事件」から十年。毎年続けてきた門前追悼・校門改修をめぐる住民監査請求・最高裁まで争った「門扉裁判」・兵庫の教育を考える集会・石田僚子さん追悼集会などを通じて、わたしたちが問い続けてきたことは「兵庫の教育」「日本の教育」の崩壊した現状であり、人をも殺してしまう「学校という制度」とはいかなるものであり、このような学校を新たに再生させる道筋とは何であるかと言うことであった。全国民に衝撃を与えた「校門圧死」事件は、高塚高校に代表される学校現場の日常がいかに異常であるかを明るみに出した。遅刻指導をより強化するため二百三十キロの鉄製門扉を八時三十分の予鈴の鳴り始めで閉じ、遅刻者とそうでない者を峻別することがマニュアル化され、組織として忠実に実行し、生徒が挟まれると言うケースがあったにもかかわらず、日常業務として遂行し続ける愚行のはてに惨劇が起こった。詳細に定められた遅刻指導の手順、ペナルティーとしての運動場二周、学校生活の細部にわたる校則、罰則による管理主義、「生徒指導体制の強化」を求める教育委員会、校長権限の強化、形骸化した職員会議、管理された教員による生徒管理の徹底、病理化・狂気化している学校への父母の無関心等々の総体が事件を引き起こしたのである。
 あれから十年、高塚高校は、「兵庫の教育」は、「日本の教育」はどのように変わったのだろうか。高塚高校では、鉄製門扉はアルミ製に変わり、登校時刻が五分延長され、校則が少し緩和された。校長は目まぐるしく入れ替わり、事件当時の教員はほとんどいなくなった。生徒は三回入れ替わったが、学校の規模も学級数もほとんど変わっていない(一五四七人、三十三学級から一二二九人、三十一学級)。批判の的であった管理主義教育はふたたび蘇り、校門指導も変わらず行われている。兵庫では教育事件が続発し止まることがない。九十一年三月県立農業高校入試改ざん事件、九十一年三月市立尼崎高校入学拒否事件、九十一年七月風の子学園監禁致死事件、九十四年九月龍野市教員暴行少年自殺事件、九十六年一月県立神戸商業高校生いじめ自殺事件、九十六年二月県立吉川高校生殺人事件、九十七年五月神戸連続児童殺傷事件、九十八年八月高砂市立竜山中部活体罰事件等々。これらの事件以外にも数多くの教育事件があり、表面化していないものを含めると膨大な数になると思われる。事件が起きるたびに、教育委員会は通達を出し、「いのちを大切に」「心の教育」を進めようとのべ、対処療法的なイベント「トライやるウイーク」等を行い自画自賛するのみである。小・中・高あわせて四万校、百六十万人が日々通っている学校の現状はどうであろうか。不登校十三万人、高校中途退学十一万人、いじめ発生件数三万六千件、校内暴力・対教師暴力の著しい増加、体罰の横行、深刻化する学級崩壊、著しい学力低下等々の現象は、一言で言えば「学校の崩壊現象」であり、日本の教育システムそのものが機能していないことをわたしたちに突きつけている。
 今日わたしたちは、愛知県豊川市の主婦殺人事件、佐賀のバスジャック事件に見られる十七歳・少年の不条理な殺害衝動やそのような行動に向かわせる「心の闇」が如何なるものであったのか、日本の子どもたちがどのような世界に生きているのかという困難な問題に直面している。事件が衝撃的で、わたしたちの理解を超えたものであればあるほど、例外的・特異なものと考え、自分たちが傷つかない範囲で原因を特定し、個人の性格・精神障害・家庭の子育ての問題だとするやり方は、「校門圧死事件」は「一県の一高校の一教諭による単なる事故」として片づけようとした文部省の姿勢と通底している。少年法を改正(改悪)することによって凶悪事件が減少すると考えることは、校門を替えれば明るい学校生活が戻ってくると考える方と同根である。政治であれ経済であれ教育であれ、わたしたちの社会を形作っている制度を産み出すのは、他の誰でもないわたしたち自身の日々の営みである。「校門圧死事件」も「十七歳の凶悪事件」もわたしたちが作りだしている社会空間のゆがみがもたらしたものであり、わたしたち自身に責任の一端があるとの認識を持たない限り何も変わらない。
 「教育の危機」「学校の危機」「子どもの危機」はわたしたちの「社会の危機」であり、わたしたちに降りかかる「わたしたちの危機」である。「教育とは生き方をつたえるこころみである」とは鶴見俊輔のことばである。教育を学校に譲り渡してしまった時から、わたしたちは子どもに生き方をつたえることができなくなってしまったのではないか。いつ頃からわたしたちは今の学校制度に慣れ親しんでしまったのか、監獄のような校舎、黒板と教卓と四十近く整然と並んだ机と椅子から構成される無機的な教室、制服を着用し教師の号令に従い「集合」「整列」の一斉行動を行う異常さ、受験競争を勝ち抜くために無味乾燥な知識を詰め込むことの空しさ、偏差値という数字によって輪切りにされ自らの相対的位置づけに一喜一憂する愚かさ、教師による理不尽な体罰や言葉による暴力への忍従、細かな校則と罰則による監視の視線の充満、このような空間で子どもたちが生き生きと個性豊かに育つことができないのは自明の理である。それにも関わらずわたしたちは子どもたちを学校に送り込み続けるのである。何故なら学校は社会を再生産する事業体であり、社会に参加するための正当化された唯一の通過機関であるとの信念が広く人々に受け入れられているからである。受験地獄の非人間的な残酷さにもかかわらず資本としての学歴を獲得しさえすれば競争社会に勝ち抜き、「より良い学校→より良い会社→より良い人生」という個人主義的幸福の達成が誰にでも可能であるとの幻想に囚われ、競争社会の再生産が繰り返される。問わねばならないのは、わたしたちの生き方である。偏差値による輪切りは学校を序列化し、上位校から底辺校までの格差を生みだし、個人の能力をも序列化する。大学によってランクづけ、会社によって差別化をはかり、上位の者にはゆがんだ優越感を、下位の者には根拠なき劣等感を持ち続けるような意識から解放されねばならない。わたしたちの生き方はこのような貧しいものでは無いはずである。
 社会学者の盛山和夫は「制度とは理念的実在であって人々の主観的な意味世界によって根拠づけられており、この主観的な意味世界それ自体は経験的で客観的な存在である。そして、社会的世界は人々の行為によって構成されているのではなく、人々が世界に対して付与している意味によって構成されている。」「意味の体系としての社会は、あたかも暗い宇宙空間を背景にしてただ一つ青く輝く地球のように、宙に浮かんでいる。」と述べている。教育という制度を構成しているのはわたしたちの理念に他ならない。教育に対してどの様な理念を抱くかによって学校も社会も大きく変革する。
 六甲山上の「ラーンネットグローバルスクール」という新しいスタイルの学校を見学に行ったとき、デンマークの教育について教えられる事が多かった。デンマークでは、受験戦争がない、競争がない、塾がない、テストがないという教育が行われ、学校選択の自由が保障され、学校が合わなければ他の学校に移るのも簡単で、新たに学校を作る事もできる。大規模校舎に何百人がいて一クラス四十人のような状況はなく、多くても二十人止まりで一戸建ての学校もあり、全てが日本の学校の現状からは想像しがたいとのことであった。デンマーク語で教育を意味する言葉は「オプルスンニ」といい、光をともす、光を照らすという意味である。一人一人が自分の中に明かりをともす。自分の良い点や自信のあることを心の中に持ち、それで人を照らす。また、人の中にある光を見つけ、お互いに照らしあって影響を受け共に成長すると言う意味が込められているのである。
 制度にどの様な意味を与えるか、私たち自身が教育や社会に対してどのような理念を持つかによって、その社会は大きく変わりうるのである。十年では変わらないかも知れないが、子どもたちを取り囲む社会のゆがみを少しでも変えていくことができればと思っている。

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