Home / ホンの紹介 / 『先生はぼくらを守らない ─ 川西市立中学校熱中症死亡事件』

『先生はぼくらを守らない ─ 川西市立中学校熱中症死亡事件』

宮脇勝哉・宮脇啓子著 エピック出版 2013年刊 1,441円 

<内容紹介>
真夏のグラウンドに倒れた少年。信じていた顧問教諭は、少年を叱り放置した-。我が子の死の真実を知るための両親の闘いの記録。川西市立中学校の熱中症死亡事件の真実を詳らかにする。

「走れ!」
「走られへん」
「走る気あるんか」
「あるけど走られへん!」
 朦朧とする意識のなかでフラフラしながら走り出した。
「先生! 足が痛······」
 けいれんしている足元を指で示した。
「しんどいフリするな! 演技は通用せん!」
 自力では一歩も進めず崩れ落ちそうになるのを、先輩たちに両手を引かれ背中を押されて走りきった後、倒れた。
「甘えるな! 14年間でこんなやつ見たことがないぞ!」
 顧問教諭・本山の容赦ない言葉がとんだ。
「イヤや」
 健斗の最後の言葉である。
 翌日、私たちは最愛の長男・健斗を亡くすという、それまで考えもしなかった悪夢のなかに突き落とされた。健斗が生まれてからこれまで、その成長を見守ることが私たちの喜びであり、未来でもあった。健斗が死んでしまったことで、私たちの未来もなくなった。嵐のような悲しみと絶望の中、どんなに泣き叫んでも過去には戻れない現実に手も足も出ず、精神が壊れていくのを実感しながら、息をするのも苦しくただ心臓が動いているだけの抜け殻の毎日を過ごしてきた。
 将来への果てしない夢や希望を抱いていた健斗が、何の落ち度もないのに、どうして生きることを閉ざされなければならなかったのか? そのことを考えると、悲しみに打ちひしがれてばかりはいられなかった。今しなければならないことがあるはずである。「健斗の真実がほしい」そのためには、どんなことでもできる。親として健斗のためにできることは全てやりきりたいと思い、なりふり構わず突き進んできた。
 世間では風評がマコトしやかにささやかれ、学校側の事後対応の悪さとともに、私たちを二重三重に痛めつけた。追いつめられた末、川西市子どもの人権オンブズパーソンに駆け込んで、人権救済を申し立て、オンブズパーソンは川西市に対して「勧告・意見表明」を出した。民事訴訟では、過失相殺10対0で全面的に顧問に過失があるという判決が示された。刑事事件では、「告訴」「不起訴」「検察審査会の不起訴不当の議決」を経て、健斗が星になってから4年9ヵ月が過ぎた2004年4月26日、健斗を死に追いやった顧問教諭に「業務上過失致死罪」の処分が出され、5月10日に確定した。これで私たちが健斗のためにできる法律に関する手続きが全て終わった。どれも私たちにとっては「当然」の結果であるが、これまでの学校事故に関する通例では、難しいとされることであった。

 そもそも、学校教育活動は、「善意」で成り立っており、そこには、法律が入り込めない土壌がある。教師の子どもへの対応が万一間違っていたとしても、よかれと思ってしたことなので、被害者は結果を甘んじて受け入れなければならないという状況に陥ってしまう。声を上げられない現実がのしかかってきた結果、子どもが命がけで訴えてきたことがおざなりにされ、社会的に認知されないまま無反省に終わり、同じような事件・事故が繰り返される。健斗の前にも後にも何人もの子どもたちが、教育現場において命を落としている。
 学校現場で子どもが重大な後遺症を負ったり死んだりすることが後を絶たないことは現実である。そして、「ごめんなさい」では済まされない事態になった時、学校はもはや子どもを守る存在ではなくなってしまう。その結果が重大であればあるほど、学校や教育委員会は及び腰になり、「あってはならないことはなかったこと」にしてしまう。わが子に何が起きたのか、その真実を知りたいと思うのは親として当然であるが、事故が重大であればあるほど、学校が真実を隠し、真実を知ることが非常に難しくなることも現実である。
 学校で子どもを亡くした親たちは一様に言う。
「学校を信じて、ずっと待っていた。でも、いくら待っても学校は調べようとしないし、説明にも来ない。しびれを切らせて、学校に真実を質しに行くと、その瞬間に、『うるさい親・変な親』のレッテルを貼られてしまう。事実経過を調べようにも、保護者の間で箝口令が敷かれてしまって、誰も何一つ教えてくれず、自分の子どもの最期の状況がわからない。わが子がどうしてこうなったのか、その事実を知りたいだけなのに······」
「警察は『学校事故は事件性がない』とすぐに判断してしまって刑事事件として立件されない。真実を知るための最後の手段としての民事訴訟を起こしても証拠を集めるのは親の仕事になる。学校は全てを知っているのにそれを隠蔽して、親は自分の子どもなのに知るすべを持たない」こんな理不尽がまかり通っているのが学校現場である。
 学校は安全であると言いきれない現状がある限り、安全を守り通さなくてはならないことを、教育関係者はもっと必死になって考えるべきである。そして、不幸にも重大な事故が起こった時、学校や教育委員会は、自ら厳しくその原因と責任の所在をはっきりさせて検証し、再発防止に全精力をかけて取り組む責任が出てくるはずである。
 不審者侵入のように明らかに悪者が第三者であり、学校も見方によれば被害者である場合、「そのような悪人を容易に侵入させてしまって申し訳ございません」ときちんと謝る。そして、再発防止に向けて、不審者侵入に対するマニュアルは躍起になって作り「これだけ取り組んでいます」とアピールする。ハードな面は、予算が付けば何とかなる。問題は、子どもに直接関わる教師である。
 学校事件・事故は、主に教師の指導によって引き起こされる。教師の資質に拠るところが大きい。そして、重大な事故が起こった時、その原因が教育活動にある場合、学校や教育委員会は徹底的にはぐらかして隠し通し、過失を認めて謝ることをしなくなる。学校で子どもを亡くした親たちは、ある日突然子どもがいなくなった現実に加えて、学校の事後対応の悪さと謝罪のないことに苦しめられてきたことを異口同音に言う。わが子の死をあたかも自己責任による事故や不慮の事故のように片付けられ、勝手に都合のよい報告書を書かれ、何事も起こらなかったような平常にすぐ戻っていく。学校が学校としての良心を一番見せなければならない時に、学校は子どもたちを裏切るのである。この現実を、世間の親たちはどれだけ知っているのだろう。

 亡くなった子は帰ってこない。その絶望的な現実を受け入れざるを得ない親は、わが子が生きた証として、その事故の教訓を今後に生かしてほしいと願う。将来への大きな希望を抱いていたわが子が、それを果たすことができなかった無念さを思うとき、わが子が生まれてきた意味を見出そうとしてもがき苦しむ。わが子の死が今後同じような目に遭う子どもを出さないことにつながることで、少しは癒される思いがする。
 私たちは夫婦そろっていまだに川西市内の小学校教員でいる。同じ川西市に勤める顧問教諭を刑事告訴し、川西市と教諭本人を相手取って民事裁判も起こした。狭い地域の狭い人間関係の中でモミクチャになり孤立した5年間であった。これからも、私たちが教職員だからこそできることがあるはずである。安全でなければならない学校で、健斗のような事件や事故に巻き込まれることが今度誰にも起こらないように、教育現場の中から声をあげなければならないと考えている。

 13歳になったばかりでその生涯を閉じなければならなかった健斗。彼の生きたかった気持ちを思うとき、何をもってもなぐさめられず、そのことが余計に悲しい。当たり前の日常を過ごしている家族が全て幸せそうに映り、当たり前のように生きている人みんなが遠い存在に思えてしまう。「当たり前」がこんなに「かけがえのない」ことだったのだと日々思い知らされている。

 ここに、健斗と私たち家族に起きた真実を詳らかにすることで、学校事故・事件の現実と学校・教育委員会・教職員の幻想を伝えることができればと思う。これも健斗の生きた証であり、健斗が社会に働きかけられることの一つになれば、健斗も少しは納得してくれるのではないかと思っている。

(「はじめに」より)

 

Check Also

『ことばと国家』

『ことばと国家』

田中克彦著 岩波書店出版 19 …