社会

戦時下神戸港における強制労働の歴史を石に刻む

神戸学生青年センター館長
神戸港における戦時下朝鮮人・中国人強制連行を調査する会事務局長 飛田 雄一

1928.7.26 大阪毎日新聞(神戸版)「生くる悲哀」 前々号で、「神戸電鉄敷設工事朝鮮人犠牲者を調査し追悼する会」のことを書かせていただいた。今年も10月18日 (日) に会下山公園東モニュメント前で追悼集会が開かれた。追悼集会の後は恒例の野外焼肉の会があった。場所は烏原貯水池の奥、このあたりでも敷設工事のときにトロッコ事故で1名の朝鮮人が亡くなっている。
私は、兵庫区都由乃町生まれで小学校4年までそこに暮らした。烏原貯水池は私の庭でいつもそのあたりで遊んでいた。このあたりで事故があったことも調査を通して初めて知ることとなったのである。

 神戸電鉄と朝鮮人モニュメント建立の後、アジア・太平洋戦争時期の神戸港における朝鮮人・中国人の強制連行についての調査も始まった。「神戸港における戦時下朝鮮人・中国人強制連行を調査する会」が1999年10月に結成された。役員は、代表・安井三吉(神戸大学名誉教授)、副代表・徐根植(兵庫朝鮮関係研究会代表)林伯耀(旅日華僑中日交流促進会事務局長)、事務局長・飛田雄一(神戸学生青年センター館長)である。

神戸港 平和の碑

神戸港 平和の碑

2008年7月21日、南京町の南、華僑歴史博物館のあるKCCビル前に「神戸港 平和の碑」が完成した。調査する会によるもので、そのプレートには、日本語、英語、中国語、朝鮮語の四言語で碑文が書かれている。日本語は次のとおりだ。
「アジア・太平洋戦争時期、神戸港では労働力不足を補うため、中国人・朝鮮人や連合国軍捕虜が、港湾荷役や造船などで苛酷な労働を強いられ、その過程で多くの人々が犠牲になりました。私たちは、この歴史を心に刻み、アジアの平和と共生を誓って、ここに碑を建てました。」

 調査する会結成の直接的な契機は、1993年3月の神戸・南京をむすぶ会(以下、結ぶ会)の勉強会での櫻井秀一さん(大阪・中国人強制連行を記録する会)の発言だった。大阪中国人強制連行の報告ののちに、神戸港でも中国人強制連行があったことに触れられたのである。むすぶ会は、調査に取り組むこととし資料取集を始めた。東京の華僑総会に所蔵されている神戸港の「事業場報告書」(1946年3月)を入手・復刻して本格的な調査がスタートしたのである。
朝鮮人強制連行については、兵庫朝鮮関係研究会、むくげの会、神戸学生青年センターなどが調査を進めていた。むすぶ会とこれらの団体が更に県下の団体・個人に呼びかけて、1999年10月に調査する会が結成されたのである。連合国軍捕虜の問題については、調査する会事務局に参加した平田典子が中心となって調査を進めた。
会では、ほぼ毎月運営委員会が開かれ調査の進展状況を共有した。ニュースは1号(2000年2月)から10号(2008年11月)まで発行された。また現場を訪ねるフィールドワークも朝鮮人、中国人、連合国軍捕虜をそれぞれテーマとして行われた。そのことが新聞報道されることにより、新たな証言が寄せられるということもあった。フィールドワークノートも出されている。新しい事実が見つかればそれをテーマとした講演会も開催した。
アジア・太平洋戦争の時期のことであり当時を知る証言者は見つからないのではないかと危惧されたが、幸い朝鮮人、中国人、連合国軍捕虜について、それぞれ複数の証言を得ることができた。
調査する会は当初から調査し記録を出版することを目標としていた。中学校の副教材とすべての調査結果を網羅した研究書の二冊を出そうとしたのである。副教材は残念ながら教育委員会に採用されなかったが、調査する会編・発行『アジア・太平洋戦争と神戸港―朝鮮人・中国人・連合国軍捕虜』(2004年2月)を発行した。研究書としては、けっこう大部な『神戸港強制連行の記録-朝鮮人・中国人そして連合軍捕虜-』(2004年1月、明石書店)を発行した。

ジョン・レイン出版記念会

ジョン・レイン出版記念会
2004.3.13 神戸学生青年センター

また、先に紹介したジョン・レインさんの手記『夏は再びやって来る―戦時下の神戸・オーストラリア兵捕虜の手記』(平田典子訳、2004年3月、神戸学生青年センター出版部)も出版することができた。
「歴史を心に刻み石に刻む」、これは、調査する会のキャッチフレーズでもあったが、その石碑も完成した。石碑はこのような歴史を知ろうとする次の世代にきっかけを与える物として重要であり、実際その碑がフィールドワークの訪問先となっている。私たちが案内を依頼されることも多くなっている。
神戸に生まれ育った私であるが、1990年代までこれらの事実を知らなかった。アジア・太平洋戦争の時期に、もちろん日本人も困難な状況におかれたが、朝鮮人・中国人、連合国軍捕虜が、より過酷な状況におかれていたことを知ったのである。私たちの地域の埋もれた歴史はまだまだあるのではないかと思う。これからも歴史を掘り起し次の世代に伝えていくことの必要性を感じている。
「神戸港 平和の碑」の集いは、毎年4月に開かれている。建立が7月なのだが7月は暑いので前倒しで開いているのだ。モニュメント前で集会を開いたのち、その時々のテーマで勉強会をもち、夕方から南京町の雅苑酒家で懇親会を開く。関心のある方は是非一度参加していただきたい。
(飛田 hida@ksyc.jp、TEL 078-851-2760)

(※本文は『歴史と神戸』2015年8月号の拙稿「神戸港 平和の碑」に込められた思い―アジア・太平洋戦争と朝鮮人・中国人・連合国軍捕虜―」を改訂して作成した。)

Last Updated on 2020年9月27日 by manager

続きを読む
Back to top button
Close
Close