社会

縁に導かれ

藤田 敏則

 「なぜ被災地に度々行かれるのですか?」と時折聞かれる事があります。ちなみに現地でこうした質問を受けたことはありません。災害発生後、一人でも多くのボランティアが必要だった時期はともかく、数年たった今も足を運び続けることが不思議に思えるのでしょう。繰り返し現地を訪れる理由をこれまで格別に意識することはありませんでした。しかし問われた質問に曖昧な返答を繰り返す訳にもいかず改めて自問してみたいと思います。被災地に足繁く通われる方は他にも少なからず、その理由もそれぞれに違っていると思います。私の場合はその地に身を携えることで、そこに暮らす人達との縁を大切にしています。被災した町では多くの住民が悲惨な体験をされました。当時から今に至るまで被災者が人前で嘆き悲しむ姿を目にする事はほとんどありません。マスコミの人間でもない私は彼ら被災者から何かを聞き出す意図はむろんありません。しかし被災住民との交流を重ねる中で、ふとした言葉から悲しみの切れ端をうかがい知る時があります。そんな時よそ者の私にも彼らの苦悩を少しだけ共有できたように思えるのです。
 悲しみのどん底を味わった者の言葉が、これからの災害が想定されるであろう地域の備えに役立つかどうか私には解りません。只、被災者の心の痛みに触れ、少しでも共有しようとすれば防災への意識も自と違ってくるのではないでしょうか。
 東日本大震災の年に知り合った一人の男性、彼は最愛の妻を津波で亡くしました。彼は普段ひょうきん者ですが郷土への愛着は人一倍です。だから街の復興への想いも尋常ではありません。その彼が自嘲気味につぶやいた「神戸の時は他人事だったもんなぁー」、この言葉を当時西宮市に在住していた私は様々な想いを含めて受け止めましたが、未だ大きな被害を被った経験を持たない地方の人達にどの様に届くのでしょうか。
 香川県高松市に転居後、入会した市民団体の一つに高松ボランティア協会があります。同協会の防災に関する事業として昨年(2019)5月より「災害弱者安心ネットワーク高松」が立あげられました。その前年に発生した西日本豪雨災害が立ち上げに至る大きな要因でもありました。当時、豪雨災害の被災地支援のさなかにいた私がその事業の推進役を担う事になったのです。私に事業の担当を委ねるについては、25年前の阪神淡路大震災の体験を生かしてもらいたいとの理由もあった様です。大災害の経験を持たない香川の人達の多くは防災への関心が希薄です。もしもの時に自助が適わず迅速な公助も望めそうにない障がい者の救助は共助に頼る他ありません。しかし障がい者が地域の中で互いに顔の見える関係を築けていないのが現状です。障がい者を含め多くの要援護者が避難できず犠牲になった倉敷市真備町の事例もあります。障がい者自身、率先して声を挙げる事で誰にとっても安全な町や地域づくりのきっかけにしていければと思っています。

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