社会

ハンセン病療養施設「星塚敬愛園」を訪ねて

所 薫子

ハンセン病療養施設「星塚敬愛園」 今年10月22日、鹿児島県鹿屋市にある「星塚敬愛園」を訪ねた。鹿屋市街から車で15分有にかかり周りには畑が広がっていた。車が一般的で無い時代、園は陸の孤島のような気がした。当園は、全国のハンセン病療養所の中でも広く37万㎡(ヤフードームの約2.2倍)ほどあり、広く立派な正門を過ぎると左手に元看護学校があった。園内には郵便局からスーパー何でもそろい、義足や義手の修理工場もあった。建物と建物の間の通路には目に悪影響の強い桜島の火山灰除けの屋根が施されていた。施設は新しくされ資料館も明るく完備していた。酷い差別を続けた事実も明確に掲示し、映像では若い世代との交流も描かれていた。納骨堂も新しくされ、ホルマリン漬けにされていた嬰児も音楽が流れる慰霊碑となっていた。高齢化と亡くなられたのに伴い使われなくなった住居を過ぎ、入園患者の重労働によって造られた橋を渡り行くとひっそりと初代の火葬場があった。(1935年)その更に先に、小松山を背負った半地下式初代納骨堂(1939年)があった。更にその先には2代目の火葬場があり、それは2002年6月13日まで使われていたというから、いかに差別が酷く現代まで一般社会で骨を焼くことすらできなかったことを物語っている。そして焼かれた骨は、新しい納骨堂に帰って来るのである。ハンセン病療養施設「星塚敬愛園」ハンセン病は感染力も低くプロミンという新薬が出てからは完治したというのに日本では、隔離政策や断種手術、堕胎、死亡後の解剖と差別が続いた。韓国人に対しては更に酷い差別があった。そして今も続いている。人間とは何なのか、知るところから歩みたい。

辛淑玉「差別は大衆の娯楽」

Last Updated on 2020年9月30日 by manager

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