二◯年間の歩み

野口 善國

 石田さんの事件のあった夜に私は夢を見た。
 当時小六であった次男の鼻からおびただしい鮮血が流れ出たのだ。
 目を覚ました私は、夢だとわかりながらも思わず次男のベッドに行き寝顔を確認したのだ。そのくらいショッキングな他人事とは思えぬ事件であった。
 私はその頃から兵庫県の子どもの権利、特に学校における子どもの権利擁護の活動に力を入れていた。神戸市の男子中学生に対する丸刈強制の廃止、子どもの権利条約の批准を求める運動などである。この時期、風の子学園事件、龍野体罰自殺事件など次つぎと子どもの人権を侵害した著名な重大事件が続発した。
 やや後になるが、神戸市の連続児童殺傷事件が発生した。殺傷された子どもらの権利が侵害されたことはいうまでもないが、加害者の少年にしても成長発達権を侵害された子どもであり、輪切りの受験体制の下で落ちこぼされた子どもともいえよう。
 このような状況から私は他府県の弁護士から兵庫は子どもの人権侵害の宝庫ではないかと冗談を言われたことを記憶している。
 私が関与した風の子学園事件、龍野体罰自殺事件はいずれも勝訴することができ、丸刈校則も廃止された。
 子どもたちを含む多くの人びとの支援があればこその結果であるが、すべての人びとが温かく見守ってくれたわけではなく、丸刈校則に反対する子や親に対し、「悪の軍団」などと中傷する親たちもいたのである。苦しいなかをがんばってくれた人たちに心から敬意を表したい。
 子どもの権利条約はわが国も遅まきながら批准し、私も条約について講演をしてまわったものである。
 現在、兵庫県の子どもの権利の状況はと見れば、子どもの虐待やいじめ事件などは減っているとも思われず、髪型に対する規制などの校則もそれほど緩和されたとも思えない。
 しかし、子どもの権利擁護に取り組む弁護士の数も増加しつつあり、行政においてもオンブズパーソンを導入したところもでてきて、徐々にではあるが変革の芽は育ちつつある。
 私も人なみに年はとってきたが、石田さんの死を無駄にすることなく、いま少し、子どもの権利のための活動のほんの末席にでもぶらさがっていこうと思うこの頃である。

(のぐち・よしくに 兵庫県弁護士会子どもの権利委員)

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